大矢博子の推し活読書クラブ
2019/12/11

岡本健一出演「Wの悲劇」オカケン・ミポリン共演の昭和ドラマに80年代が甦る

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 孤独を抜けて涙とめぐり逢えた皆さん、こんにちは。ジャニーズ出演ドラマ/映画の原作小説を紹介するこのコラム、連載65回目にしてやっと! 闘いを呼ぶ男の出番がきたよ! 待たせたな!

■岡本健一・出演!「Wの悲劇」(2019年、NHK-BSプレミアム)

 原作は夏樹静子の同名小説『Wの悲劇』(光文社文庫・他)。1982年に光文社カッパ・ノベルスから出たのが最初で、何度も映像化され、現在に至るまで著者の代表作のひとつとして読み継がれている。

 舞台は製薬会社を経営する和辻家の別荘。正月に親族が集まり、夕食後の団欒を楽しんでいたとき、大学生の娘・摩子が突然血染めのナイフを手に現れる。彼女にとっては大伯父に当たる和辻家当主の与兵衛が不埒な振る舞いに及び、思わず刺し殺してしまったというのだ。スキャンダルを防ぐため、全員でこの殺人を隠蔽することに。さまざまな偽装工作を行い、万全の打ち合わせをしてから警察を呼んだ。しかし完全だったはずの工作に予期せぬ綻びが見え始める。まさかこの中に裏切り者がいるのか……?

 というのが原作の粗筋だ。大金持ちの別荘、降り積もる雪、返り血を浴びた麗しき令嬢、腹に一物持った親族たち、莫大な遺産、偽装工作……さあ、どっからでもかかってらっしゃい、と言いたくなるくらい道具立てが揃った本格ミステリである。

 昭和生まれの私は「Wの悲劇」と聞くと、いまだに薬師丸ひろ子が「私、おじいさまを刺し殺してしまった!」と叫ぶ絵が浮かんでしまうのだけれど、これまで映画化1回、テレビドラマ化は今回を含めて6回目になる。そしてこれまでの映像化はどれもかなり原作を改変していた。薬師丸ひろ子主演の映画版なんて、原作の物語は劇中劇として使われ、それを演じる女優たちのオリジナルストーリーになってたくらいだ。面白かったけど、あの映画を見て原作を読んだ人は驚いただろうなあ。

 それらと比べると今回は、史上最も原作に忠実なドラマ化だったと言っていい。90分という枠に納めるためにカットされたり変更されたりした箇所は多々あるが、作中の時代は昭和のままだったし、偽装工作も動機も真相もすべて原作通り。季節を夏にしたため使えなくなった雪の足跡のくだりも、雨上がりの土という設定にして原作の工作をそのまま生かしていた。摩子の母・淑枝が前夫にDVを受けていたという設定と、摩子が劇作家の勉強中という設定はドラマオリジナルだが、これらの改変はむしろ原作のテーマを補強するものだ。


イラスト・タテノカズヒロ

■オカケンとミポリンの夫婦役に80年代を思う

 何より原作の持つ「本格ミステリの雰囲気」の再現という点で、今回のドラマがとてもよくできていたのは間違いない。大和田伸也と夏木マリの当主夫妻なんて事件が起きないわけないじゃんねえ? 吉田栄作の医者なんてこの上なく怪しいじゃんねえ? いわんや鶴見辰吾をや! そんな曲者たちの中でオカケンが演じたのは主人公・摩子の父親、和辻道彦だ。ただし母の再婚相手で、摩子と血の繋がりはない。

 道彦は大学の研究者で、原作では「自分の研究が何より大事」で「家では無口なほうだし、なんとなく気難しいところもある」と評されているが、ドラマでは中山美穂演じる妻と仲睦まじい様子を見せてくれた。オカケンとミポリン! 80年代後半の歌謡界を席巻したふたりが、主人公の両親として夫婦役って! 胡散臭い役をやらせたら日本一の俳優陣の中で、そこだけ夜のヒットスタジオかと。

 はからずもドラマの舞台は昭和63年(1988年)。ミポリンはトップアイドル、オカケンは男闘呼組のデビュー曲「DAYBREAK」をリリースした年である。原作はそれよりさらに6年前の出版なのに、なぜか昭和63年のドラマにしてくれたことで、あの時代が一気に蘇った。ジャニーズ事務所の、昭和最後のデビューが男闘呼組だったんだよね。そういや「DAYBREAK」はCDじゃなくてレコードで買ったわ私。

 1988年といえば男闘呼組の映画「ロックよ、静かに流れよ」(東宝)が公開された年でもある。ちらっと光GENJIも出ているアレですよアレ。今年(2019年)の春に公開30周年を記念した特別上映イベントが開かれ、ゲストで登壇したオカケンが昭次くんの話をしてくれてファン感涙、なんてことがあった。30周年かあ……(遠い目)。円盤化してくれないかなあ。

 おっと、話が大幅にずれたぞ。「本格ミステリの雰囲気」の話をしたかったのだ。男闘呼組休止後のオカケンは俳優として、特に近年は舞台にその活躍の場を移している。そして『Wの悲劇』のような、屋敷とか曰くありげな一族とかの本格ミステリ特有の人工的シチュエーションは、舞台劇のムードととてもよく似ているのだ。今回のドラマもまるで舞台のようだった。癖の強い共演陣の中でオカケンが一歩も引かず迫力ある演技を見せてくれたことに、舞台俳優・岡本健一の「今」を見た思いがする。

■原作『Wの悲劇』をオカケンでジャニ読みするなら

 さて、ここでいつもなら、原作の道彦はこうこうこうで、ドラマではカットされたこの場面をオカケンでジャニ読みして……という話になるのだけれど。今回はそれが極めて難しい。なぜなら、道彦の(オカケンの、と言ってもいい)見せ場を紹介しようと思うと、かなり微妙なラインでネタバレになっちゃうのだ。

 とりあえずネタバレにならない範囲で言うなら、まず偽装工作の相談の場面。ドラマでは吉田栄作演じる医者がリーダーシップをとっていたが、原作では道彦がまとめ役になる。さらにクライマックスにも注目。ドラマを見た人にはクライマックスに道彦の出番がある(いや、ここすごく表現が難しいんですけどね)のはすでにご承知だろうが、実はあのくだり、原作とかなり演出が違うのだ。原作ではあの場面に摩子は登場しないのである。

 どういう形で真相が読者に知らされるか、そこから事態がどう動くか。ドラマでは一気呵成に話が進んだが、原作ではじわじわとスリルが増すような構成になっている。その場面の道彦を、ぜひオカケンでジャニ読みしていただきたい。そして、この原作通りの演出でオカケンが道彦を演じる様子を思い浮かべていただきたいのである。ドラマとはまったく違った展開で、ドラマとはかなり違う雰囲気のオカケンが楽しめることと思う。……ああっ、はっきり書けなくて焦れったい! でも読んでもらえればわかるから!

 ちなみにこの『Wの悲劇』というタイトルは、エラリィ・クイーンの名作『Xの悲劇』『Yの悲劇』『Zの悲劇』へのオマージュで、原作の冒頭にはクイーンへの献辞が載っている。夏樹静子はクイーンと面識があり、この『Wの悲劇』の構想をクイーン本人に聞いてもらったりもしているのだ。文庫版には巻末にクイーンによる解説が掲載されている。これはミステリファンにとってはひっくり返るくらい贅沢なことなので、ぜひそちらもお読みいただきたい。

 オカケンとミポリンの共演。夏樹静子とエラリィ・クイーンの交友。なんというか、同じ時代を生きるということの重さを感じてしまう。まさにTIME ZONE。そういえば原作には、公衆電話に100円玉を入れる場面があるのだけれど、これが普通にイメージできる世代ってどのあたりまでだろう。お釣りが出ないんだよ100円玉は。

大矢博子
書評家。著書に「読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100」など。小学生でフォーリーブスにハマったのを機に、ジャニーズを見つめ続けて40年。現在は嵐のニノ担。

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