小橋めぐみが語る「高校生男子」と「年上の主婦」の行為の話…理性をも簡単に吹き飛ばす「やっかいなもの」とは
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- ふがいない僕は空を見た
- 価格:693円(税込)
小橋めぐみ・評 窪美澄『ふがいない僕は空を見た』
この作品は五篇の物語からなる連作長篇だ。最初の「ミクマリ」の主人公は高校一年生の斉藤くん。年上の主婦、里美と体を重ねる行為に夢中になっている。母親は助産師で、自宅が助産院でもあるせいで、小さい頃から女性が赤子を産む姿を間近に見てきた。彼に言わせれば「入れたときも、その結果としてできた子どもを出すときも、同じ声」。
お産の手伝いも自然にできる優しさをもち、学校でも男女問わず人気がある。
一度は里美との関係を断ち切るものの、彼女への気持ちが性欲から恋へと変化していることに気づいてしまう。再び里美に会いに行き、初めて恋心と性欲とが深く充足されるような行為をするが、その直後、海外へ行くことになった里美から別れを告げられる。
失恋して家に帰ってきた斉藤くん。まだ里美の記憶が焼き付く体で出産の手伝いをし、生まれたばかりの赤んぼうの「小さな体の割りにはでかく見える」男の子のしるしを見て、「おまえ、やっかいなものをくっつけて生まれてきたね」と嘆く。
五篇の登場人物たちは、「やっかいなもの」のせいで、ふがいない人生を送る羽目になる。やっかいなものとは、性欲や、恋する気持ちのことだ。それは人をとんでもなく幸せにもするし、人生を狂わせてしまうこともある。理性をも簡単に吹き飛ばす。
義母に執拗に迫られて不妊治療を続けている里美は、子どもが欲しいと強く思ったことが今まで一度もない。それなのに、斉藤くんとしている最中に「こんな気持ちのいい行為の果てに子どもが生まれるとしたら、それはなんてしあわせなことなんだろう」と初めて思う。子どもが欲しい、というのではなく、幸福の絶頂の果てにある命を恋しく感じる。けれどそれは、叶わぬ夢だ。むしろ、この関係が自分たちを不幸にすることを知っている。それでも今は、欲望を止めることができない。
そう、未来予想図が薄々見えていても、人は今、この瞬間の欲望に、恋愛に囚われてしまう、ふがいない生き物なのだ。
嬉しくて、悲しくて、辛くて、痛くて、気持ちよくて、生まれてから死ぬ瞬間まで何度でも声をあげて泣きながら、「性」と「生」を全うするしかないのだ。
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