「人妻」との甘美な日々に夢中の男子大学生たち…「小橋めぐみ」が感じた“大人の切なさ”(レビュー)
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- 東京タワー
- 価格:825円(税込)
小橋めぐみ・評 江國香織『東京タワー』
東京生まれ、東京育ちの私は、ずっと東京で恋をしてきた。それでも誰かと東京タワーに登ったのは一度きりで、中学時代、ダブルデートをした時だった。
東京タワーは登るより、眺めるものだと思う。
「世の中でいちばんかなしい景色は雨に濡れた東京タワーだ」
部屋から東京タワーが見えるマンションに母と二人で暮らす大学生の透は、子供の頃からそう感じてきた。
繊細な感受性をもつ彼が人生で初めて惹かれ付き合ったのは、年上の人妻、詩史だ。子供はなく、かわりに自分の店と自由を持っている詩史は「恋はするものじゃなく、おちるもの」と透に教え、二人は甘美な時間を過ごす。
一方、透の高校時代の親友、耕二は女子大生の恋人がいながらも、人妻の喜美子との関係に夢中である。ともに人妻との恋だが、透と耕二は対極的だ。
透と詩史が“静”ならば、耕二と喜美子は“動”。耕二たちは欲望をぶつけ合うようにホテルで体を重ねる。透はそんな場所に詩史を連れて行きたくないし、体を重ねるよりも一緒に過ごすひと時に、幸福を感じる。
喜美子は思いをすぐ口に出し、怒りに任せて「般若の形相」になることも。その点、詩史はどこまでも美しく落ち着いて、大人である。
読んでいて、詩史のような大人の女性になりたかった、ああ、なり損ねた、と悔やんだ。こんな女性だったら、壊さずに済んだ関係があったかもしれない、と。
でも「恋はおちるもの」と教えた詩史こそ、恋におちてしまったのだと思う。
透の目を通して描かれる詩史の胸の内は分からない。感情を乱すことのない詩史だけれど、あんな風にずっと“大人”でいられるものだろうかと私は訝しむ。きっと見えないところで様々な葛藤があったはずだ。それを隠し、いかに“大人の世界”を見せていくかに苦心していたのではないか。
ドラマの『東京タワー』で詩史を演じる板谷由夏さんの涙を見て、そう感じた。
だが、小説では詩史は一度も涙を流さない。透も幸福なままに物語は終わる。
お互いが見つめる「未来」の違いに、透はまだ気づけていない。
甘やかな日々のその先を知っているのが、大人の悲しさであり、切なさなのだ。
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