40代になった「小橋めぐみ」が女性を虜にする20歳男性の「まなざし」を解説…「欲望」がじめっとしてない理由とは
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- 娼年
- 価格:594円(税込)
小橋めぐみ・評 石田衣良『娼年』
世の中すべてつまらない。そう感じて日々に倦んでいた20歳のリョウは、バイト先のバーで出会ったボーイズクラブのオーナーに誘われ、娼夫の仕事を始める。最初は戸惑っていたリョウも、様々な女性たちの欲望を知るうちに、その秘密を解き明かすことに魅せられ、娼夫として出世してゆく。
リョウの人気の理由は、女性への“まなざし”にあると思う。客である70代の女性の姿を「顔に四十代、二十代、十代、そして四つか五つの幼い女の子のはじらいをふくんだ笑顔が花びらのように重なった」と愛おしむ。女性の肌についても「四十代、五十代には灯りを仕こんだ和紙のスタンドのようなほのかなあたたかさがある」と表現する。
常連客は、リョウが相手だと「年の差を引け目に感じない。だからすんなりその気分になれる」らしいが、こんな風に“齢”を優しく見つめてもらえたら、心を開けるし、癒されるのだろう。相手が言葉に出さなくても、自分をどんな風に見ているかというのは、一瞬のまなざしから敏感に感じ取ってしまうものだ。
リョウは、次々と女性たちの欲望を引き出し、受け入れ、満たしてゆく。一読して私が不思議だったのは、心の影となっている様々な欲望の形が描かれているのに、小説が陰気でないことだ。湿度はあるが、じめっとしたものではなく、潤っていて、光が差し込んでいる。心の影が見事に反転し、物語を照らしている。
リョウの優しいまなざしだけでこんなにも物語が明るく終われるものだろうかと思い、再読した。
後半のある場面でリョウは「不思議な快感」を初めて味わう。その行為を「限りなく愛に近いなにかだ」と確信する。もしかしたら、それこそリョウが“欲望”していたものなのかもしれない。そして女性もまた、欲望を満たしている瞬間が、じつは愛に一番近いところにいられるときなのかもしれない。愛、ではない。愛に近いなにかに近づく手助けをするリョウの物語を描いているから、きっと明るく感じられるのだ。
40代の私は最近、水分が失われがちな腕が気になって、肌質の変化を憂えていた。けれど、それを“灯りを仕こんだ和紙のスタンドのよう”だと感じてみたら、途端に愛おしくなった。
小橋めぐみ(こばし・めぐみ)
1979年、東京都生まれ。無類の本好きとしても知られ、新聞・女性誌などに書評を寄せるなど、近年は読書家として新たなフィールドでも活躍中。
著書に、読書エッセイ『恋読』(角川書店)がある。近年の出演作は、映画『あみはおばけ』、『こいのわ 婚活クルージング』、NHK「天才てれびくんhello,」、BSフジ「警視庁捜査資料管理室(仮)」など。
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