なぜ「無垢な田舎娘」は2度目のデートで身体を許したのか? 小橋めぐみが「クズ男」に棄てられた娘の「愛」に思うこと(レビュー)
小橋めぐみ・評 遠藤周作『わたしが・棄てた・女』
舞台は、終戦から3年後の東京。独身学生の吉岡努は貧しい暮らしの中で「ゼニコがほしい、オナゴがほしい」と渇望している。ある日、古雑誌の文通欄を介して団子鼻の無垢な田舎娘、森田ミツと出会い、二度目のデートでその身体を奪う。
目的を達成した途端、何もかもが不快になり、「もう二度とこんな娘とは寝たくねえや。一度やれば沢山さ」とミツを棄てる。次はいつ会えるのかを気にしている彼女を無視して。
数年後、吉岡は勤めている会社の社長の姪と交際を始め、やがて結婚が決まる。
一方、吉岡からの連絡を待ち侘びていたミツは数奇な運命に弄ばれていく。
吉岡の下心がそのまま描かれ、読んでいて「クズ男……」と憤るものがあった。ミツに対しては身体が目的でしかなく、あっさり棄てながらも欲望の捌け口に困ると、関係を復活させようとまでするのだ。
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ただし救いもある。棄てられたあとのミツの人生を吉岡が知り、心を動かされる点だ。「煙草の空箱のように」棄てることに躊躇もなかった相手が、本当はどんな人間だったのかを。
吉岡は、最初のデートでは旅館に入ることをミツに拒まれた。帰路、小児麻痺を患った体が痛み出し、彼を心配したミツは、その時に純潔を捧げる決心をした。
吉岡は、この彼女の気持ちを「安手の憐憫と安手の同情」と蔑みながら「そのもろい部分」につけこんだ。のちにそれが「愛」だったと気づき、「ぼくは今あの女を聖女だと思っている」と“クズ男”は述懐する。
読者もまた、哀れに映っていたミツが次第に見上げる存在になり、自分自身の生き方を問われるような気がしてくるのである。
この問いの前に、私は立ち止まってしまった。
ミツのような献身ぶりは、時に利用されてしまうかもしれない。愛が幸せを運んでくるとは限らない。でも、それでも、と思いながら読み返した。
吉岡は、ミツが自分に会わなければ不幸にならなかっただろうかと思い巡らす中で、神のような声を聞く。
「人間は他人の人生に痕跡を残さずに交わることはできないんだよ」
私にはミツの生き方はなぞれない。ただ、この言葉だけは忘れずにいたい。痕跡は残るのだということを。
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