バレエのレオタード姿になると身体の線が出て嫌だった「小橋めぐみ」“豊胸”で対立する母子の物語に思うこと
小橋めぐみ・評 川上未映子『乳と卵』
小学生の頃、バレエを習っていた。レオタード姿だと身体の線が出る。同年齢の子たちよりも私はやや発育が早く、ジャンプすると少し胸が揺れた。からかわれもして厭だった。湯船で胸を押さえつけ、これ以上大きくなるなとお祈りしたら叶った。そんな願い事、しなければよかった……。
豊胸手術で胸を大きくしたい40歳間近の母・巻子と、自分の胸が膨らむのが厭で仕方がない娘・緑子。二人が大阪から上京し、巻子の妹と3人で過ごした夏の3日間を本作は濃密に描く。
半年前の母娘喧嘩がもとで緑子は母と口をきかず、筆談でコミュニケーションする。心の中は言葉で溢れ、いつもノートに凄い熱量で何か書き付けている。初潮を迎える年ごろの彼女は、女性として通らねばならない道の前で立ち往生中だ。
「生理がくるってことは受精ができるってことでそれは妊娠ということで」
「ぜったいに子どもなんか生まないとあたしは思う」
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- 乳と卵
- 価格:616円(税込)
ノートに綴る女性性への反発。その理由の一つには、母親への複雑な思いがある。
10年前に夫と別れ、お金を稼ぐため場末のスナックで週6日働く巻子は疲弊し、日に日に痩せ細っている。そんな母を緑子は心配しつつ、豊胸願望に憑かれた姿を気持ち悪いと嫌悪する。
「あたしにのませてなくなった母乳んとこに、ちゃうもんを切って入れてもっかいそれをふくらますんか」
「生むまえにもどすってことなんか、ほんだら生まなんだらよかったやん」
巻子はどうしてそこまで胸を膨らませたいのか。
私なりに推測してみた。
緑子は初潮を想像し、ノートに「おそろしいような、気分になる」「それにナプキンが家にない」と書く。
もしかして、と思う。
巻子は40歳を前に閉経したのでは? 毎月来るなら、家に常備品があるはずだ。
生理が終わって女性性が失われたと考えた巻子は、それを豊胸によって少しでも回復したいのではないか。
久しぶりに会った妹の目に、だいぶ縮んだように映る巻子。娘も案じる急激な痩せ具合。巻子の体には、本人が抗いたくても抗えない変化が起きている。
いくらかは勝手な解釈だ。
初潮と閉経をめぐる、女性性のままならなさにもがき苦しむ母と娘の物語。私は『乳と卵』をそう読んだ。
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