「美しくもない同級生」がどうして「恐ろしいほど美しい妹」と同じ死に方を…小橋めぐみが恐れた自身に潜むかもしれない“怪物”
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- グロテスク 上
- 価格:792円(税込)
小橋めぐみ・評 『グロテスク(上下)』桐野夏生[著]
友人に小包を送るため郵便局へ行った。品目は「お菓子」。窓口の男性は「こわれものシールを貼っておきますね」と言い、さっと作業してくれた。割れやすいものでもない、でも大事に扱ってほしい、小さく揺れた数秒間の出来事だ。その優しさにキュンとした。
昼は一流企業で働き、夜は渋谷の街角に立つ。本作のモチーフは、そんな二重生活を送る女性がアパートの一室で命を奪われた東電OL殺人事件である。
恐ろしいほどの美貌を持つユリコと、その姉で凡庸な容姿の「わたし」。物語は、新宿の安アパートの一室で半裸の絞殺体で発見されたユリコをわたしが回想するところから始まる。
わたしは、妹の死にショックを受けてはいない。学生時代から男たちを手玉にとり、体を売っていた妹を怪物だと見下し、売春客に無残な殺され方をしたのも当然の報いだと思っている。
けれど、妹の死から一年後、わたしの同級生である佐藤和恵が同じような死を迎えた際には衝撃を受ける。
美しくもない和恵が、なぜ妹と同じ死に方ができたのかと。この和恵こそ、事件をモデルにした人物だ。
和恵は、通った名門女子高でも、就職した企業でも、美醜や家柄で存在価値を評価されるせいで劣等感に苛まれ続けた。認められたい、痩せたい、一番になりたい、いい女と言われたい。ずっとそう願い続けてきた。
その願望を叶えるために辿り着いたのが、昼は会社員、夜は娼婦という二重生活だった。頭脳と肉体をフル活用して金を稼ぐ自分をスーパーマンのようだと感じ、「今夜のあたしも美しく、弾んで見えるに違いない」と、自己肯定感を昂じさせていく和恵。とうとう「勉強でも仕事でもなく、男にあの液体を吐き出させることが世界を手に入れるたったひとつの手段だったのだ」との境地に至る。無敵と化した彼女はしかし、見た目も精神も“怪物”へと変貌していた。同じ頃、渋谷の街でもう一人の怪物、名門女子高の後輩にあたるユリコと再会する。
お互い、娼婦として。
そんな和恵が最後に求めたもの。それは優しさだった。皮肉なことに、自分を殺める男に優しさを求めた。
優しさに触れたくなる私にも、和恵が潜んでいるかもしれない。切なく、怖い。
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