体を重ねた男は数えきれないが、「嫉妬」を経験したことはない…「あざとい二十歳」を見出した名作を小橋めぐみが読む
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- つゆのあとさき・カッフェー一夕話
- 価格:605円(税込)
小橋めぐみ・評 『つゆのあとさき』永井荷風[著]
あざとい、という言葉がネガティブな意味合いばかりでなくなったのは近年のことだ。テレビ番組の「あざとくて何が悪いの?」というタイトル然り。欲しいものを手にいれるためにあざとさを武器にする女性は、時に同性から見ても魅力的で、「あざとかわいい」なる造語まで生まれた。
その、あざとさが生きるうえで必要な手段になる場合もあることに、とっくに気づいていたのが永井荷風だったのかもしれない。
銀座の有名カッフェーで人気トップの女給、君江。とにかくモテる彼女は自分の魅力を熟知し、複数の男と同時に交際している。
ある晩、彼女目当ての客がかち合ってしまったうえ、間借りする家の管理人から、パトロンが部屋で君江を待つつもりだとの連絡が入る。
さあ、どうしよう。一瞬、頭を抱えたが、持ち前の機転で男たちを捌いていく。
複数の男がいることに理解を示す相手には、正直に事情を明かしつつ名残惜しさを見せ、また別の男からは、状況に対処するための知恵を借りる。執念深いパトロンに対しては同僚の女給を派遣して他所に気を逸らさせ、思いがけずパトロンとは別の男が現れた時には堂々と“あなたを待っていた”フリをする。
一晩をともにしたその男が帰ったあと、君江は我が身を省みる。体を重ねた男は数えきれないが、嫉妬という感情を経験したことがない、と。一人の男に深く思われた故に恨まれたり、金をもらって束縛されたりするよりも「相手の老弱美醜を問わず、その場かぎりの気ままな戯れを」楽しむほうが後腐れないと考える。
一人になる夜も時々あるが、そんな時は日頃の寝不足を補い、疲労が回復すると「来るべき新しい戯れを予想し始める」。だからどんな深刻な事実に向き合えど、睡眠中に見た夢と同じく曖昧模糊としてくるのだ。
君江はまだ二十歳。無邪気で、好奇心旺盛。感情の赴くままに生きながら、常に計算も怠らない。
男に振り回されて泣く女もたくさん見たであろう永井荷風。君江のようなあざとさで男と交際すれば、泣きを見ずに済むかもしれないとのエールも込めて書いたのが本作ではないだろうか。密かに、そう思う。
あざとい、という言葉は一度も出てこないのだけど。
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