「体中に快楽の導火線が…」19歳の頃の激しい恋を忘れられない女性が“生まれて初めて自分が女だと感じた”瞬間とは 小橋めぐみが読む『ナチュラル・ウーマン』(Bookレビュー)
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- ナチュラル・ウーマン
- 価格:825円(税込)
小橋めぐみ・評 松浦理英子『ナチュラル・ウーマン』
三つの短編からなる本作の主人公、漫画家の容子は、19歳で初めて激しい恋に落ちた。相手は漫画サークルで出会った同い年の魅力的な女性、花世。彼女がそばにいるだけで「体中に快楽の導火線がはりめぐらされたとしか思えない状態」に陥るほどの恋だったが、やがて別れの時が来る。この物語が表題作の「ナチュラル・ウーマン」で、短編三つの最後に置かれている。
花世と別れた後、キャビンアテンダントの夕記子と身体の関係を結びながらも、花世のことを思い出さずにはいられない。それが一つ目の短編「いちばん長い午後」の筋で、夕記子と付き合う最中に気になり始めた由梨子と海水浴を兼ねて旅行に行く「微熱休暇」が二つ目だ。つまり時系列通りの構成ではないのだが、容子の恋の熱量は読み進めるにつれ高まっていくように感じられ、花世との恋愛がいかに彼女にとって大きなものであったかを読み手に焼き付けて幕切れとなる。
同性愛を描くと言うより、女と女の性愛が、作中の言葉を借りれば「真田虫の標本でも見るような」目で描かれているように思えた。自分の中で“女”として蠢くものが次第に刺激されていく感覚があり、同時に何をもって「女」というのか、私は始終考えていた。
男たちとの交際を経て、容子と結ばれた花世は言う。
「私、あなたを抱きしめた時、生まれて初めて自分が女だと感じたの」
表題の「ナチュラル・ウーマン」は黒人の歌手アリサ・フランクリンの曲名で、〈あなたと会って初めて私は生き始めた、ナチュラル・ウーマンになった〉という意味の歌詞がある。
別れを決めた後で花世は容子に問う。あなたは、いつかナチュラル・ウーマンになるのかしら? 「それとも、そのままでナチュラル・ウーマンなの?」と。それに対し、自分が「女」なのかどうかについて全く無関心だった容子は「一人きりで絶壁の縁にいるのを教えられた」ように感じる。
女として自分に欠けているものに敏感な花世の孤独と、己の“性”に縛られることのなかった容子の孤独は、永遠に相容れない。
女だと感じることの悦び、感じなくても生きていける強さ。二人の「ナチュラル・ウーマン」は、私の体にその双方を刻みつけた。
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小橋めぐみ(こばし・めぐみ)
- 1979年、東京都生まれ。無類の本好きとしても知られ、新聞・女性誌などに書評を寄せるなど、近年は読書家として新たなフィールドでも活躍中。
著書に、読書エッセイ『恋読』(角川書店)がある。近年の出演作は、映画『あみはおばけ』、『こいのわ 婚活クルージング』、NHK「天才てれびくんhello,」、BSフジ「警視庁捜査資料管理室(仮)」など。



























