「かつて関係のあった年下の男」との逢瀬の行方は…女優・小橋めぐみが10年後に演じたい“女”
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- 女体についての八篇-晩菊
- 価格:638円(税込)
この世界の誰もが 君を忘れ去っても/随分老けたねって 今日も隣で笑うから―King Gnuの「三文小説」を、私は時々口ずさむ。随分老けたねって隣で笑ってくれる人が、随分老けた時にいたらいいなと願いながら、メイクをする。
「晩菊」は、終戦直後、56歳の独身女性が主人公で、林芙美子の晩年の傑作と言われている。
きんは元芸者。昔は絵葉書になるほどの美貌を誇ったが、今ではもう若くないことを自覚している。ある日の午後、かつて関係のあった年下の男、田部から電話があった。今日5時頃に伺いますと。タイムリミットは2時間。さあ大変。
「自分の老いを感じさせては敗北だ」と、戦いのゴングを自ら鳴らした彼女の身支度がここから始まるのだが、さすが元芸者。短時間で手際よく老いを消し、女度を高めていく。湯屋へ行き、血行を良くして氷で顔マッサージ、とっておきの「ハクライのクリーム」で顔を拭き、「冷酒を五勺ほどきゅうとあおる」。少量の酒はどんな化粧品よりも効果抜群。多少の酔いが大きい目を潤わす。
口紅は濃いめの赤を塗るが、赤は唇だけにとどめ、ネイルは塗らず、爪は短くして磨くだけ。手の甲に乳液をたっぷり。香水は耳たぶではなく、肩と二の腕に。
装いは、身体の線が西洋のオンナ風に出る、自分で考え出した粋な着付けを。冷酒をあおった後に酒臭いのはご法度だから、歯磨きすることも忘れない。
そうして完璧な状態で田部を迎えたが、いざ彼を目の前にすると、手を握られたにもかかわらず、彼の貧乏ゆすりが気になり、心も全く燃え上がらない。対する田部は、きんの変わらぬ美しさと「匂うばかりの女らしさ」に驚くが、実は彼女に会いに来た目的は単なる金の無心だった。どうにか金を借りようと画策し、ダメ男ぶりが露わになっていく田部vs.疲れによって顔に表れた老いに瞬時に気づき、ホルモン注射を腕にずぶりと刺す、きん。その眼には、つまらぬ再会になってしまった悔し涙がきらりと浮かぶ。勝者は、きん。
ああ、10年後、私はきんを演じられるような女優でいたい。女でいたい。その上で、老けたねって隣で笑ってくれる人がいてくれたら最高だ。欲張りだろうか。
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