南沢奈央の読書日記
2024/10/25

いってきます!

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撮影:南沢奈央

 近頃、旅が多い。9月頭から約1カ月半の岐阜県可児市での滞在は、もはや舞台制作のための“生活”になっていたが、ある意味、長期間の旅でもあった。久しぶりに自分の家に帰ると、1カ月半分の荷物も片付かないまま、4日後には公演のために新潟県長岡市へ。また東京に戻った翌日には実家に帰った。そしてその次の日には、BS朝日でやっている登山番組「そこに山があるから」のロケのため、新幹線に乗って東北へ行ってきた。
 ちょうど今日から始まった吉祥寺シアターでの東京公演が終わればすぐに、栃木・宇都宮公演、大阪・枚方公演、香川・丸亀公演と各地を廻る予定だ。旅はまだまだ続く。
 旅づいている日々を過ごしているからか、秋の気候がそうさせるのか、家でゆっくりしていると、逆に落ち着かない。外へ出掛けたくなってうずうずしてくる。テキトーに特急にでも乗って、少し遠くへ行ってみようか。いやでも公演期間中だし、休めるときに休んだほうがいいだろうと、脳内に冷静な自分が現れ、旅の衝動はぐっと堪える。

 だったら旅の物語でも読もうと手に取ったのが、原田マハさんの一冊。原田マハさんといえば、キュレーターとしての経験や知識を生かした美術にまつわる作品のイメージが強かったが、実は大の旅好き。「フーテンのマハ」と自称するほどだという。まさにそのままタイトルにした『フーテンのマハ』という、日本のみならず世界中を旅してまわった旅エッセイも出されている。
 書店で迷った挙句、選んだのは、そんなフーテンのマハさんの旅の経験から生まれたという小説『旅屋おかえり』だ。
 文庫解説で書評家の吉田伸子さんも冒頭に書かれていて大きく頷いたのだが、「旅屋」と「おかえり」という、この素敵な言葉の響きにまず惹かれた。
 そして開いてみると、本に挟まれていたしおりで、集英社文庫のキャラクター“よまにゃ”がこう言っている。
〈一冊あれば、旅に出るより遠くにいける。〉
 作品とは直接関係ないけれど、“旅”というキーワードでこうした偶然の繋がりが生まれるとうれしい。
 そうだ、本はわたしたちを遠くまで、見たことのない世界まで連れて行ってくれる。だからこうして、わたしは今本を開いている。本の力、そして読書が好きな理由を再確認してから、物語へと入っていった。

 主人公は、「おかえり」こと、丘えりか。元アイドルで、旅番組のレポーターとして活動している。だが、あるロケで、おかえりがスポンサーの名前を間違えてしまったことが原因で、番組が打ち切りに。所属する事務所にとっても事務所を支える唯一の仕事だったため、頭を悩ませる。営業に奮闘する日々だが、打ち切りの原因も相まって新しい仕事はなかなか決まらない。
 そんなある日、見知らぬご婦人が事務所にやってくる。
「旅をしていただけませんでしょうか。わたくしの娘の代わりに」
 もともとおかえりのファンで、病気で旅に出られない娘のために、代わりに秋田の角館に行ってほしいと言うのだ。家族の事情や病状などを聞き、おかえりは、この依頼を引き受ける。そうして、旅代理人「旅屋おかえり」は、旅を通して、人々の思いを叶えていく――。旅でその土地の人と出会い、その土地の食を味わい、空気を吸う。その心身の交流がとてもあたたかく、優しく描かれる。
 依頼主の願いを叶えるべく、旅の前にはロケスケジュールを組むかのように綿密に計画を立てていくが、そう思うようにはいかないのが旅。雨が降るかもしれないし、目的の人に拒否されるかもしれない。そのことに気付き、思いがけない旅の成り行きを、あえてのびのびと自由に、そして素直に楽しむおかえり。それはきっと、「おかえり」の一言があるから。そんな旅する姿がとても輝いて見えて、やっぱり旅っていいなぁと思われるのだった。
 わたしも「おかえり」と言われたい。そうなるとやっぱり、まずは「いってらっしゃい」って言ってもらわなきゃいけない。よし、とりあえず飛び出してみよう。気が付いたらそんな気分になっている。
 旅じゃなくてもいい。日常から飛び出して、新しい場所へ。いってきます!

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