球根を育てます【最終回】
撮影:南沢奈央
チューリップの花が落ちた。
知人からいただいた鉢植えの赤いチューリップ。家を出る前は、外へと広がってきているとはいえ、まだ茎にしっかりついていた濃い真っ赤な花びらが、帰宅したら床にすべて散らばっていて、ぎょっとした。手をつけるのも憚られるくらいに、ショッキングな光景だった。
だが、まだハリがあって綺麗な赤に染まる花びらをそのままにしておくのも酷いなと思い、拾った。一つ一つ拾っている間、胸が潰れるような思いだった。ついさっきまで生きていたと分かる、柔らかさや体温までも感じられる。命は突然終わってしまうのか。
残った鉢を見ると、花が散ったことも気づかない茎と葉が青々とそこにあった。だから、しばらくそのままにしておくことにした。花が咲いていた頃のように、土が乾けば水をあげた。すると葉は姿を変えることもなく、元気に立ち続けている。
そうか、チューリップは翌年も花を咲かせるはずだ。つい、花が落ちる=終わり、と思い込んでしまっていたが、そうじゃない。花は春になればまた咲くはずだ、ちゃんと向き合っていけば。今だってこうして葉は元気に生きているのだから。
日光のよく当たる場所で、肥料を与える。葉は1カ月くらいかけて徐々に、青から黄色っぽく変化してきている。枯れ始めている、ということだ。でも枯れ切るまではそのまま世話を続ける。枯れる=終わり、でもないのだ。
土の中には球根がある。今わたしは、葉が自然と枯れゆくために、球根を太らせるために、真剣に向き合っている。
読書日記はこの3月をもって、閉じることになる。
2017年から始まった読書日記。わたしに、本を読むこと、文章を書くことの楽しさを教えてくれた場だった。本の読み方、文章の書き方もさまざまなやり方で試させてもらった場でもあった。わたしの8年間の人生そのものでもある。休載していた時期もあったが、それも含めて。それがわたしの正直な心であり、仕事であり、人生であった。
読書日記を閉じたところで、本を読むことも文章を書くことも終わるわけではない。だが、こわいなと思う気持ちがある。そしてさみしい、悔しい、悲しい。だって、生涯続けたいと思っていたものだったから。
この何とも言えない感情になっているときだったのだ、チューリップの花が落ちたのは。
いつか終わりはくる、と気持ちを整理させようとしていたけれど、実際、それは終わりじゃなかった。
花咲く時期は終わったが、養分を蓄える時期なのだ。
またふたたび花を咲かせるために。
その瞬間を、またみなさんに見てもらえたら、これ以上ない幸福だ。
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「南沢奈央の読書日記」は今回をもちまして終了いたします。
210回の連載という長きにわたりご愛読くださった皆様に、編集部一同より感謝申し上げます。
誠にありがとうございました。
Book Bang 編集部