杉咲花主演「朽ちないサクラ」登場人物の内面が深堀りされた映画版 原作のテーマをより明確にするための改変で謎解きのカタルシスも強まった!
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は正義とは何かを問うこの映画だ!
■杉咲花・主演!「朽ちないサクラ」(カルチュア・パブリッシャーズ・2024)
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- 朽ちないサクラ
- 価格:748円(税込)
桜だあ! というのが映画の第一印象。原作では桜はあまりフィーチャーされないんだけど(タイトルなのに? その理由は読めば/観ればわかる)映画では事件の始まりのときに固いつぼみだった桜が、ラストでは満開になっているのだ。時間の経過を表す以外にも、そこに込められた複数の意図を感じることができて、なるほどこれは映像ならではだなあ。
ってことでまずはあらすじから。原作は柚月裕子の同名小説『朽ちないサクラ』(徳間文庫)。2015年に刊行された警察小説である。
平井中央署の生活安全課が被害届の受理を先延ばしにした末に起きたストーカー殺人。ところが受理しなかった理由が署員の慰安旅行のためだったと新聞にスクープされた。市民からの苦情が殺到する県警広報広聴課の職員・森口泉は、その記事が親友・津村千佳の務める新聞社のものだったことに疑念を抱く。自分がうっかり話してしまい、固く口止めした慰安旅行のことを、千佳が記事にしたのではないか?
直接会って問いただすが、千佳は記事はデスクが書いたもので自分ではない、ネタ元は極秘扱いでわからないと主張する。それでも千佳を信じられない泉に向かって千佳は「この件には、なにか裏があるような気がする」「調べてみる価値はある」「泉から押された裏切り者の烙印を、必ず消してみせる」と宣言した。
その1週間後、千佳の水死体が発見される。他殺と断定され、捜査が始まった。慰安旅行の一件のネタ元を探っていた千佳がなぜ殺されなくてはならなかったのか。喧嘩別れのようになってしまった最後の逢瀬を悔いた泉は、親友の無念を晴らしたいと自ら調査に乗り出した──。
というのが原作・映画に共通する導入部だ。映画もストーリーの大枠は原作通りに進むが、印象はやや異なる。原作が警察内部のさまざまなできごとや捜査の過程を多面的に描いた硬派な捜査小説であるのに対し、映画は捜査過程をややシンプルにし、代わりに主要登場人物の内面や背景を膨らませて抒情的な場面を追加していた。また、詳しくは後述するが、謎解きにつながる伏線(これが巧妙!)が映画では追加されていた。
ところがそのようなアプローチの違いがあるにもかかわらず、「正義の対立」という原作のテーマがしっかり映画の核として存在していたのだ。映像化に際して改変はしても原作の芯は揺るがせにしない、原作に対するリスペクトが感じられる映像化と言っていい。
■原作と映画、ここが違う!
細かい違いから挙げるなら、まずは舞台だろう。原作では「東北地方の米崎県」という架空の県が舞台だったが、映画では愛知県でロケが行われたためか、愛知県警という設定になっていた。そして事件の起きる時期も、映画は原作より半月ほど早い。これは冒頭に書いたように桜の開花に合わせるためと思われる。ストーカー殺人の犯人、安西(映画では宮部)の実家が神社だというのも映画オリジナルの設定だ。
ストーカーの被害届の受理を先延ばしにした平井中央警察署生活安全課・辺見にまつわる事情も改変されていた。映画では坂東巳之助さん演じる辺見は、かつて職員だった百瀬と恋愛関係にあったが、とある事情で別れを切り出したという設定になっている。だが原作では百瀬の相手は辺見ではない。さらに原作の辺見はとても誠実な捜査員で、そもそも被害届の受理を拒むような人物ではないことがつぶさに描写される。つまりそこに、なぜ辺見が被害届を受理しなかったのかという謎がひとつ存在するのだ。
他にも、捜査の過程での試行錯誤が一部カットされるなど、捜査の進み具合は映画の方がややシンプルになっている。その代わり、映画で加えられた要素がいくつかある。ひとつは泉(杉咲花)の上司、富樫(安田顕)の過去。ふたつめは原作に存在しないおみくじの手がかり。そして最後は、具体的にはここには書けない、捜査一課長・梶山(豊原功補)のあるセリフである。この3箇所の改変が、めちゃくちゃ巧い!
捜査の途中で原作にはないおみくじの話が出てきたとき、何だそれ、と思った。犯人の実家を神社に変更したことも、最初は「桜の名所をロケ地に使いたいのね」くらいに思っていた(ロケ地の岡崎市八柱神社は家康の正室・築山御前の首塚があるので歴史好きはGOだ)。ところがこのおみくじ&神社という新たな要素の使い方が絶品なのである。特におみくじに書かれた……ううう、言いたい。だが言えない。脚本家さん、よくぞここまでピッタリな××を思いついたな!
そこに梶山一課長のセリフだ。私は原作を先に読んでいたので、ある場面での梶山の原作にはないセリフを聞いたとき「わあ、ここにこんなヒント入れてきた!」と、思わず前のめりになった。この神社、おみくじ、梶山のセリフという一連の改変は、謎解きミステリとしてのカタルシスをぐっと強める効果がある。
■映画で深掘りされたキャラのイメージで原作を再読!
一方、富樫の過去の追加には別の意味がある。原作では新興宗教団体により毒ガスのタブンが撒かれた事件が登場するが、その事件と富樫の関係は映画オリジナルだ。だが、それらの改変により、富樫という人物がぐっと深掘りされた。
杉咲花さん演じる泉もそうだ。彼女の場合は原作に書かれた過去の話は逆にカットされたが、「自分のせいで千佳が死んだ」という罪の意識を原作よりも前面に出してきた。終盤、千佳の母との会話は映画だけの場面である。
そのように原作よりも明確な方向性を登場人物に加えたことにより、原作のテーマがよりはっきりと浮かび上がった。ネタバレを避けるためざっくりした言い方になるが、たとえば警察の内部でも課によって追い求める対象は異なるし、立場によっても「何をすべきか」の選択は異なる。ふたりいれば2通りの、3人いれば3通りの価値観があり、正義がある。その葛藤と対立を原作は描いている。警察だけではない。新聞記者には新聞記者の正義があり、宗教団体にもおそらく彼らなりの正義があるのだろう。その相剋こそが本書のテーマだ。
正義の食い違いは、原作には映画以上に至る所に登場する。ある警察官の娘が保育士になったという会話の中で「子供より親との向き合いに、苦労しているみたい。いろんな親がいるから」と語る場面があるのだが、これもまた価値観の違いの一例だ。映画ではカットされた辺見のエピソードにも実はそのテーマが深くかかわっているので、原作で確認していただきたい。
安田顕さんの富樫と豊原功補さんの梶山という無骨なイケオジコンビに加え、萩原利久さん演じる生活安全課の若手・磯川(物語の癒やし!)もまた自らの正義感に従って行動する。映画で付与された彼らのキャラクターを念頭に置いた上で原作を読むと、泉はもちろん、富樫も梶山も磯川も、ぐっと解像度が上がるはずだ。さらに映画には登場しなかった数々のエピソードがある。そのひとつひとつに、作者によるメッセージが潜んでいることに気づくはずである。
なお、この事件のあとの泉についてはシリーズ第2弾『月下のサクラ』(徳間文庫)でどうぞ。『朽ちないサクラ』の最後に泉はある決意をするが、それを実現させた彼女に会えるぞ。ただ残念なのは、富樫は名前だけだし磯川にいたってはまったく出てこないのである。ぜひともシリーズを続けて彼らを再登場させてほしい。特に磯川……今回の映画化できっとファンが増えたはずなので!
大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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