亀梨和也主演「ゲームの名は誘拐」ドラマには小説の続きがあった 逆転に次ぐ逆転で物語の印象ががらりと変わる 20年以上前が舞台でも時代設定に違和感なし
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回はキレッキレの亀ちゃんが堪能できるこのドラマだ!
■亀梨和也・主演!「ゲームの名は誘拐」(WOWOW・2024)
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- ゲームの名は誘拐
- 価格:649円(税込)
ほぼ改変なしで原作通りに話が進み、そしていよいよ最終回、おおまさに原作と同じラストシーン……え? あれ? 待って、まだ30分近く時間残ってるんですけど? そこからの驚きをどう表せばいいのか。一言で言えばドラマには「小説の続き」があったのだ。
前々回の「かくしごと」(原作は北國浩二『嘘』)は原作のクライマックスで映画が終わっていて、あのあと登場人物たちがどうなったかは原作で読んでね、というふうに紹介した。つまり原作小説に映画の「続き」がある、という形。今回は逆だ。ドラマが原作小説の「続き」を作っているのである。わあ、こう来たか。
原作は東野圭吾の同名小説『ゲームの名は誘拐』(光文社文庫)。広告代理店の敏腕プランナー・佐久間駿介は日星自動車のプロモーションイベントを担当していた。ところが日星自動車の葛城副社長の鶴の一声で、そのプロジェクトが白紙に戻される。憤懣やるかたない佐久間は葛城の自宅へ向かったが、そこで邸宅の塀を乗り越えて出てきた葛城の娘と出会う。
樹理と名乗ったその娘は葛城の愛人の子で、家族の中で辛い状況にあるという。家には帰らない、父から金を巻き上げたいと彼女がこぼすのを聞き、葛城に一矢報いたいと思っていた佐久間は狂言誘拐を思いつく。樹理と協力しながら3億円を奪うべく計画を練るが……。
というのが原作とドラマの両方に共通するあらすじだ。最大の読みどころはなんといっても佐久間の誘拐計画。人質の協力があるとはいえ、警察の介入を前提として万全な対策を練る。こちらの手がかりを一切与えることなく葛城とどうコンタクトをとるのか。犯人にとって最も危険な金の受け渡しはどうするのか。この通りにやれば誰でも誘拐犯になれるのでは(無理です)。
しかもこの小説、徹頭徹尾佐久間の視点のみで綴られているのがポイント。佐久間の見えてないところで誰が何をやっているのかはいっさい描かれない。葛城が警察には届けてないと言ってもそれが本当かどうかを知るすべはなく、もしかしたらとっくに警察の監視がついてるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。神の視点で俯瞰することができないので、読者も佐久間とともに手探りで進むしかないのだ。そこが面白い。
イラスト・タテノカズヒロ
■小説とドラマ、ここが違う!
単行本の出版は2002年でもう22年前の作品なのだけれど、技術的な部分も含めてまったく古くなっていないことに驚く。たとえば作中、佐久間は葛城との交信に使い捨てのメールアドレスやネットの自動車好きが集う掲示板を使うが、メールはドラマでも同じだし、掲示板はSNSに変更されただけ。ヘリウムガスを使って声を変えるくだりはボイスチェンジャーのアプリに変わった。22年前ともなれば今となっては古い仕掛けが出そうなものなのに、それがまったくないってすごくない?
ちょっと話はずれるが、誘拐ミステリほど時代を反映するものはない。新聞の文字を切り抜いて貼った脅迫状や逆探知のための電話引き延ばしなどは昭和の誘拐モノの定番だった。変わったところでは1978年刊行の天藤真『大誘拐』(創元推理文庫)ではテレビの生放送を使っている。1988年の岡嶋二人『99%の誘拐』(講談社文庫)はパソコン通信が登場。2015年の呉勝浩『ロスト』(講談社文庫)は誘拐を告げる電話が被害者宅ではなく通販のコールセンターに入ったり、捜査員にSNSでグループをつくらせてそれで指示をしたり。2022年の京橋史織『午前0時の身代金』(新潮社)は10億円の身代金をクラウドファンディングで集めるという設定だ。読み比べてみると時代が見えて面白いよ。
話を戻そう。ドラマでは佐久間を亀梨和也、樹理を見上愛、葛城副社長を渡部篤郎が演じる。誘拐に至る道筋、誘拐計画とその遂行、その間の佐久間の職場での様子など、基本的には原作通り。だが、ラスト以外にも興味深い設定の追加があった。それは副社長の様子がおかしいことに不信を抱いた宣伝部長・石澤(飯田基祐)に、葛城が娘の誘拐を明かすこと。警察には届けてないという葛城に、届けるべきだと石澤が進言する。このあと身代金受け渡しの場面で葛城の車を追跡しているように見えるセダンが登場する(これも原作にはない)。視聴者にとっては葛城が警察には届けていないことがわかると同時に、石澤が自己判断で通報した可能性も考えてしまう場面だ。
佐久間の視点のみで進むのが特徴だった原作に対して、ここでドラマは「葛城側」を描いたことになる。おやおや? 原作をご存知の方ならわかると思うが、葛城側を描くことはこのミステリにおいてちょっとリスクがあるのだ。どうするんだろう……と思っていたら、それがラストの「小説の続き」に効いてくるのである。なるほど、と膝を打ったね。
もうひとつ、原作のラストでとても重要な役割を果たすある小道具があるのだが、それがドラマの中に出てこないことに首を傾げた。あれがないと結末が変わってしまう。何か別のもので代用するのかなとも思ったのだが、その「別のもの」にも感心した。このあたりはぜひ原作と比べてみていただきたい。
■小説の「続き」で物語の印象ががらりと変わる!
そして最終回、30分近くを残して原作のストーリーが終わってからがドラマの真骨頂。大小の改変はこのためだったのかと深く納得した。原作のラストは狂言誘拐計画の結果が出たところですべてが断ち切られるようにすぱっと終わり、それはそれでクールでいいのだけれど、確かに「でもこのあとはどうなるんだろう」と感じたことは事実。ここから先のドラマの展開は内緒だが、さらなる逆転に次ぐ逆転があるとだけ言っておこう。さて、勝つのはどっちだ?
という頭脳戦の面白さもさることながら、この付け加えられたパートで佐久間や樹理の人間性がぐっと前面に出てくるのが興味深い。原作は頭脳戦に特化した、それこそゲーム小説のようなミステリで、人物像の掘り下げはほとんどない。だがドラマでは、佐久間や樹理、そして葛城副社長が心の底で何を考えていたか、何を望んでいたか、そのために何をしたかがドラマティックに描かれる。この「続き」のパートで、頭脳戦ミステリが人間ドラマに変わるのである。
この原作小説は2003年に藤木直人・仲間由紀恵主演で「g@me」というタイトルで映画化されている(著者の東野圭吾もカメオ出演している)が、このときも結末部分が大きく変わっており、これまた別の「小説の続き」がある。そちらと見比べてみるのも面白い。この原作、映像関係者にとっていじりたくなる素材なのかもしれないな。
おっと、亀ちゃんの話が後回しになってしまった。このところこのコラムで紹介した亀ちゃんの映画は「事故物件 怖い間取り」で怖がりの芸人、「怪物の木こり」でサイコパスなどなどクセの強い役ばかりだったが、今回は久々にキレッキレでクールでモテモテな亀ちゃんが堪能できるぞ。やっぱこれよこれ。原作の佐久間もキレッキレでクールでモテモテだけどドラマでは「その先」で心の底が出てくるので要注目だ。
個人的に驚いたのが誘拐される側の見上愛さん。今、大河ドラマ「光る君へ」で一条帝に入内した藤原道長の長女、彰子を演じているのだが、その彰子がまったく感情を見せない役なのである。これ同じ役者さんなのか! すごいなあ、ぜんぜん別人じゃないか。「ゲームの名は誘拐」を見てなぜか「光る君へ」がより楽しみになってしまったのだった。
大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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