二宮和也主演「ブラックペアン シーズン2」原作を読んでいてもドラマの展開はわからない 違うんだけど抵抗がない理由とは
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は天才外科医・ニノが別の顔(いや、顔は同じだけど)で帰ってきたこのドラマだ!
■二宮和也・主演!「ブラックペアン シーズン2」(TBS・2024)
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- ブレイズメス1990
- 価格:880円(税込)
待って、第5話のあとに流された8月18日放送分の予告編、「ついに渡海が」っていうテロップ何? 何なの? お盆休みを挟んで2週間、「ついに渡海が」何なのかわからないまま待ち続けてるの軽く拷問なんですけど?
という、原作全シリーズ既読組ですら翻弄するのがドラマの「ブラックペアン シーズン2」である。2018年に放送された「ブラックペアン」に続くシーズン2だ。当時の原作は海堂尊『ブラックペアン1988』(講談社文庫)。そして今回のシーズン2は『ブレイズメス1990』『スリジエセンター1991』(同)を下敷きにしている。
いやこれがね、シーズン1からそうだったんだけど、原作からの変更箇所を挙げ始めたらそれだけで本1冊書けるくらい隅から隅まで大胆に改編しており、エピソードもほとんどがドラマオリジナルなので、原作を知っていてもドラマの先はさっぱり読めないのである。ところが不思議なことに、そこまで原作を変えているにもかかわらず「こんなのブラックペアンじゃないやい!」という不満を感じない。むしろワクワクして見てしまう。それはなぜか。
まずは前作も含め、原作から紹介しよう。舞台は1988年、桜宮市にある東城大学医学部附属病院。佐伯清剛教授が統括する外科に研修医として入局した世良雅志の視点で物語が進む。食道自動吻合機「スナイプAZ」をひっさげて着任した新任医師・高階権太や、天才的な外科手術の腕を持ちながら周囲と馴れ合わず孤高を保つ渡海征司郎との出会い、なぜ渡海が佐伯に反抗的なのかの謎解きなどを経て、病院内の人間模様や世良の成長を描く──というのが『ブラックペアン1988』である。
その続編となる『ブレイズメス1990』では、入局3年目の世良が佐伯の特命を受けてモンテカルロにいる外科医・天城雪彦を探す場面から始まる。天城は世界で彼しかできない心臓出術の術式であるダイレクト・アナストモーシスで多くの患者を救うが、彼が手術する患者は全財産の半分を賭けた二者択一の賭けに勝った者だけという独自ルールがあった。
天城は佐伯の誘いを受けて来日、桜宮市に新設予定の心臓外科センターを任されることになる。しかしここでもやはり、患者に賭けをさせるという態度や、公開手術というパフォーマンス色の強いやり方が多くの反発を招く。それでも天城の手術の腕は素晴らしく、世良は彼に惹かれていくのだが、『スリジエセンター1991』ではそんな天城の前に大きな障害が立ちはだかり、同時に、院内政治が思わぬ方向に動き出して──。
■小説とドラマ、ぜんぜん違うのに不満を感じない理由
一方、ドラマはどうなっているか。世良(竹内涼真)が狂言回しなのは同じだが、原作では佐伯外科の改革に挑む主役格の高階(小泉孝太郎)がドラマでは当て馬みたいな扱いになり、代わって渡海(二宮和也)がダークヒーローとして物語の中心になった。舞台も1988年から現代に、消化器外科から心臓外科に変わっていた。扱われるエピソードもほぼドラマオリジナルだ。だが渡海の謎については原作が踏襲された。
シーズン2ではやはり舞台は現代に変わっているものの、世良や天城(二宮和也)のキャラクター設定はほぼ原作通り。世良が佐伯教授(内野聖陽)の命を受けてゴールドコーストの天城に会いに行き、そこで手術に立ち会うのも場所が違うだけで原作通り。ドラマの患者が韓国人のパク・ソヒョン(チェ・ジウ)なのは原作とは異なるが、財産をごまかしたときは賭けに負け、正直に申告したら勝ったという展開は原作に沿っている。
それ以降の展開も、派手な公開手術をやることやお金の払えない生活保護の患者の登場、他の手術を見学してスタッフを見極める過程など、原作と同じエピソードは登場する。が、それは要素を使っているだけで、ドラマの展開は別物だ。ドラマでは維新大の菅井達夫教授(段田安則)が高階を取り込み、AIを使った治療がらみで何やら企んでいる様子が描かれるが、原作にはそんな設定はない。むしろ原作では途中から院内でのパワーゲームが中心になっていく。
とまあ、原作ファンにしてみれば「ちがーう!」ということになるのだが、違うんだけど抵抗がないんだよなあ。なぜならそれは「どんな横槍が入ろうとも、つまるところ医療従事者は懸命に患者を救っている」という原作の根幹がドラマにもきっちり受け継がれているからだ。時代や舞台、キャラクター、物語の展開などが変わっていても、海堂尊が描こうとしていた世界観をドラマはきちんと受け継いでいるのである。
たとえば私は原作の高階の、明るく知的で、理想のためなら強引にも策士にもなるところが好きなのだが、ドラマの高階にそういう要素はない。むしろきれいごとに囚われた小物感すらある。にもかかわらず「あの高階をこんなふうにしちゃった」という残念さは感じず、「なるほど、こういう設定にしたのか。この高階が後にああなるのなら、それはそれで楽しいぞ」と思った。私は他のシリーズで後年の高階を知っており、そこに向かう途中に小物感溢れる小泉孝太郎時代があったと考えるのは何ら問題ないのだ。
原作と一緒とか違うとかではなく、原作とドラマという異なるレイヤーが重なってひとつの世界を多面的に見せてくれているのがこの作品なのである。同一の世界観を有することで、原作では描かれなかったけど、こういう世界がありえたかもしれない、と抵抗なく感じさせてくれるのだ。
■原作のシリーズ読破で「ブラックペアン」の世界に切り込め!
何よりドラマは、渡海と天城を同一人物が演じるという飛び道具的設定が楽しい。初回で世良が天城を見て「僕の指導医に瓜二つ……!」と驚く場面なんて、おそらく全視聴者が「そりゃそうだろ」と突っ込んだに違いない。だが原作者の海堂尊のインタビューによると、セリフがなく見た目も手術着というキャラを出せない場面で、ニノはまったく違うタイプの外科医を演じ分けていたとのこと。いやそれすごくない?
その天城が「渡海」という名を聞いて、小さく反応した場面がある。原作の『ブレイズメス1990』にそんな場面はない。ということはドラマの中ではふたりに何か繋がりがあるという設定にするのか。これが「異なるレイヤー」の面白さだ──と、思っていたら! ドラマの放送に合わせるかのように7月上旬に刊行された『プラチナハーケン1980』(講談社)で、なんと渡海と天城が出会う場面があるじゃないか! そして佐伯教授はふたりを指して「合わせ鏡のような存在」と言うのである。
いやこれ、絶対ドラマシーズン2の話が出たあとで書いたでしょ! 渡海と天城が合わせ鏡って! ……だがドラマに関係なく、ふたりが知り合いだったといわれても納得する。なぜなら海堂尊の医療ミステリはすべて同じ世界線で描かれており、あっちこっちに同じ人物が登場するのだから。渡海は『ひかりの剣1988』にも出てくるし、佐伯や高階に至っては東城大医学部附属病院が舞台となるほぼすべての作品に出てくる。あんたらこんなところで会ってたのかよ! というケースは多々あるのだ。これが楽しい。
たとえば『スリジエセンター1991』の最後の一文は、こうだ。〈十数年後。日本の医療は(ネタバレにつき略)青年の、たなごころの上で転がされることになる〉 青年とは世良のこと。どうですか、10年後の世良が何をするのか気になるでしょ。その様子は北海道を舞台にした『極北クレイマー2008』『極北ラプソディ2009』(講談社文庫)で読める。
ドラマで描かれるのは、海堂尊の世界の一部でしかない。他の作品で活躍する多くの登場人物がカットされている。海堂尊の世界は1冊だけ、あるいは1シリーズだけでは測れないのだ。ぜひ全作読破して、そのつながりを楽しんでほしい。
大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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