内田理央・松井玲奈主演「嗤う淑女」原作で重要な一話を抜かしてる? 改変の理由とこの先の展開に期待大! 稀代の「悪女」が「淑女」とされたワケとは
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は稀代の悪女が周囲を操って堕としていくこのドラマだ!
■内田理央、松井玲奈・主演!「嗤う淑女」(東海テレビ・2024)
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- 嗤う淑女
- 価格:763円(税込)
あ、これは「笑うマトリョーシカ」方式だ、と第1回放送を見て思った。つまり原作──中山七里『嗤う淑女』(実業之日本社文庫)は時系列で物語が進むのに対して、ドラマはその途中から始まり、過去に何があったかをカットバックで少しずつ見せるという方式だ。なるほど、こう来たか。だがこの方法、原作の設定を紹介しちゃうとドラマしか見てない人に対するネタバレになってしまうので、説明が難しいのだ。まずはドラマの方から紹介しよう。
野々宮恭子(松井玲奈)が働くコンサルティング会社に、新社長として蒲生美智留(内田理央)がやってきた。美智留は恭子以外の社員を解雇し、ふたりだけで生活コンサルタントとして活動を始める。
第1話に登場したのは浪費が過ぎてカード破産寸前の銀行員、鷺沼紗代(小島藤子)。高校時代の同級生だった恭子の紹介で美智留と会った紗代は、浪費はストレスのせいで、そのストレスを与えてきたのは職場だと諭される。だったら職場──銀行に責任をとってもらうのが筋だと言われ、紗代は横領に手を染めることに……。
第2・3話のクライアントは主婦の古巻佳恵(青木さやか)。会社をリストラされた夫が作家になると言い出して2年、執筆している様子もなく、家事とパートで精神的・経済的に追い詰められた佳恵は美智留のコンサルティング会社を訪れる。美智留のアドバイスで夫の今の姿を冷静に見極めた佳恵は、夫の生命保険を増額することに……。
第4話ではネット言論界のヒーローが、第5話では推し活にのめり込む女性が、それぞれ美智留によって人生を狂わせていく(この2回は原作にないドラマオリジナル)。つまり蒲生美智留という謎めいた女性は、彼女を頼ってきたクライアントを助けているようでいて、実はより危ない方へと誘導し、破滅に追いやっているのだ。いったいなぜそんなことを?というのがドラマの骨子である。
ドラマではもうひとつ大きな謎がある。恭子と美智留は実は中学時代の同級生なのだが、恭子は17年間、美智留から「逃げていた」らしい。カットバックで差し込まれるふたりの中学生時代により、次第に何があったか視聴者に明かされる。と同時に、相次ぐ事件の背後に美智留の存在を感じた警視庁の麻生刑事(大東俊介)もふたりの過去に迫り──。
■原作から大胆に構成を変えたドラマ、でもそれだけじゃなくて……
このドラマの改変が面白いのは、原作を読んでいても完全には先が読めないところ。というのも、原作で極めて重要な部分がまだ放送されていないのだ。
ドラマで少しずつ明かされつつある恭子と美智留の中学時代。原作ではそれが第1話に当たる。クラスでいじめを受けている恭子、そこに転校してきたいとこの美智留。いじめのターゲットは恭子から美智留に移るが、美智留はおそるべき方法でいじめの首謀者に制裁を加える。その後、難病にかかった恭子は美智留からの骨髄移植で命を救われたのをきっかけに、どんどん美智留に傾倒していく。そして美智留が父親から虐待を受けているのを知って──。
この原作第1話の流れは、ドラマの回想場面でおおよそ網羅されている。細かい違いはあるものの、原作通りの過去がふたりの間にあったことは見当がつく。だがここで不思議なのは、ドラマの冒頭のふたりの再会が17年ぶりだったこと。そしてその再会で、恭子が美智留を怖がっていたこと。これは原作にはない設定である。
原作のふたりは中学卒業からずっと交流を続け、美智留が始めたコンサルティングの仕事を恭子が手伝っている。恭子は美智留に憧れ、彼女のようになりたいと思い、恋愛にも似た気持ちすら抱いているのだ。この違いにはきっと何か意味があるはずなのだが……。
そしてふたりにからんでもうひとつ。原作では第1話がふたりの中学時代、第2話が横領する銀行員(ドラマ第1話)、第4話が夫に保険金をかける主婦(ドラマ第2~3話)という流れ。原作第3話がドラマではとばされているのである。実はこの第3話がめちゃくちゃ重要で、物語自体を大きく動かす上に終盤のサプライズに向けての特大の伏線が仕込まれている話なのだ。これをやらないということは、もしかしたら結末を原作と変えるのか? それともこのあと出てくるのか? 原作既読でも先が読めないと言ったのは、そういう意味だ。
■なぜ悪女でなく淑女なのか
本書の単行本が2015年に刊行されたとき、中山七里さんにインタビューをしたことがある。出版社から「悪女ものを」とリクエストされたのに、タイトルが「嗤う悪女」ではなく「淑女」なのはどうしてですかと尋ねた私に、中山さんは「美智留は俯瞰したら悪女だけど、各章に登場する人たちにとっては思いを遂げさせてくれる天使であり教師だから」と答えた。
これが本書の核である。銀行員も主婦も、ドラマオリジナルのネット論客も推し活の女性も、きわめてよくある状況だ。読者に近い登場人物もいるだろう。皆、今のままでいいとは思っていない。そんなとき美智留は「彼らが言ってほしいことを言う」のだ。「言ってほしいことを言ってくれる」人に、人は簡単にほだされる。だから彼らは、犯罪を犯してしまったあとも美智留を恨まない。だから悪女ではなく淑女なのだと。
今回のドラマ化は改変やオリジナルエピソードもあるけれど、騙された側も幸せだったという原作の核についてはちゃんと踏襲しているように思う。美智留に「がんばりましたね」と声をかけられたときの主婦──青木さやかさんの表情が素晴らしかった。はたから見れば、なぜそんな文言に乗せられてしまうんだとジリジリするが、自分を認めてくれたという思いがすべてを目隠しする。10年近く前の原作であるにもかかわらず、現代のエコーチェンバーの問題点に近いものを感じてしまう。
さて、ドラマはオリジナルエピソードを挟みながらもそろそろ佳境へ向かう。前述の原作第3話がどう扱われるか次第ではあるが、もし、恭子の実家を美智留が訪れる回があったとしたら松井玲奈推しの皆さんはちょっと心の準備をしておいた方がいい。衝撃的な展開になる(かもしれない)から。だが、もしそこから原作通りに進むなら、その先こそが内田理央と松井玲奈、ふたりの役者の腕の見せどころである。ぜひとも原作のあの展開をこのふたりの芝居で見てみたいので、できればラストは原作に沿ってほしいのだが……さてどうかな?
もし原作第3話が映像化されず原作とは異なるラストに着地した場合は、ぜひ原作を読んで、内田理央&松井玲奈で脳内再生してほしい。ふたりの芝居で見たいと書いた理由がおわかりいただけるはずだ。
なお、原作では終盤に裁判シーンがあり、そこに宝来兼人という弁護士が登場する。彼は著者の別作品「御子柴礼司シリーズ」(講談社文庫)や『スタート!』(光文社)などにも登場する。前回の海堂尊の作品群同様、中山作品もすべて同じ世界線にあるのだ。『嗤う淑女』の続編である『嗤う淑女 二人』(実業之日本社文庫)には、『連続殺人鬼カエル男』(宝島社文庫)の主要人物も登場するし、通して読むといろいろ発見があるはず。また、共通する人物はいないが著者のデビュー作『さよならドビュッシー』(宝島社文庫)と本書を続けて読むと興味深い共通点に気づく、かも。
大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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