大矢博子の推し活読書クラブ
2024/09/11

綾野剛・豊川悦司主演「地面師たち」原作小説とドラマ、それぞれが強みを発揮できる演出に納得! 原作既読組が度肝を抜かれた改変も

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 推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は日本のみならず世界で話題のこのドラマだ!

■綾野剛、豊川悦司・主演!「地面師たち」(NETFLIX・2024)

 大河ドラマかなと思うような豪華な俳優陣、地上波では二の足を踏みそうな直接的な描写などなど、配信ドラマの強みをまざまざと見せつけられた気分だ。いやあ面白い。原作の新庄耕『地面師たち』(集英社文庫)に沿っている──と思っていたら、途中にびっくりするような改変が入ってくるのも興味深い。

 まずはあらすじからいこう。地面師とは、他人の土地の所有者になりすまして売却を持ちかけ、偽造書類を使って多額の金を騙し取る不動産詐欺を行う集団のこと(←山田孝之さんの声で読んでください)。不動産詐欺に遭った父が一家無理心中を図って自宅に火をつけ、母と妻子を失った辻本拓海が主人公だ。無気力なままデリヘルの運転手をしていた拓海は、ハリソン山中に誘われて地面師グループで交渉役を担うことに。情報屋・法律担当・偽造書類作成者・なりすましのキャスティングをする手配師などで構成されたチームで詐欺を重ねた後、いよいよ、都心にある100億円の土地を大手ディベロッパーに売りつけるという大仕事に売って出る。

 知略の限りを尽くすコン・ゲームの興奮、それぞれ特性の異なる者たちが集まってチームを作るオーシャンズ11もしくは戦隊ヒーロー的な登場人物の構成、騙す側・騙される側・追う側の極限の人間模様、実在に起きた詐欺事件を下敷きにした社会派な側面、そして地面師に人生を狂わされた拓海がその地面師になるという心の闇──原作で描かれたこれらの魅力を、ドラマは余すところなく映像で再現した。

 物語は基本的には原作に沿っているが、随所でディテールが異なる。たとえばドラマの第1回、土地の持ち主になりすました老人が、相手方の司法書士から本人確認のため予定にない質問(普段お買い物されるスーパーはどこですか?)をされ、どう切り抜けるかという場面があった。老人が言った「ライフの方が安いので」はSNSでバズるほどのインパクトを残したが、実はそのくだりは原作にはない。

 代わりに原作では、老人が住んでいることになっている老人ホームについての質問が来る。これがまた「わ、そこ突いてくるの?」「え、それで終わりじゃないの?」とハラハラするような展開なのだ。そこを変えた理由はドラマを見れば明らかだった。言葉の応酬だけ──つまり文字だけでスリルを演出する小説と、表情や小道具を「見せる」ことができて音声を「聞かせる」ことができるドラマ、それぞれの強みを最も発揮できる演出が取られているのである。


イラスト・タテノカズヒロ

■小説だからこその描写と、映像だからこその演出

 文字か、映像と音声か。それぞれに適した演出は異なる。なるほど小説をドラマ化するとはこういうことかと膝を打った。たとえば、これも話題になった、北村一輝さん演じる情報屋・竹下の「ルイ・ヴィトン!」という雄叫び。クスリの影響で感情の乱高下が激しくなり、壊れかけの状態を一発で視聴者に見せる迫真の場面(あれがアドリブだと知って驚いた)だが、これも原作にはない。その代わりに原作では、少しずつ竹下がおかしくなっていく様子がじわじわと描写される。あ、こいつそろそろヤバいぞ、というのが読者に自然に伝わってくるのだ。

 他にも、ターゲットであるお寺の尼僧が、原作では劇団に入れ込んでいるのがドラマではホストになっていたり、山中と拓海が出会うきっかけの「プレイ」が原作とドラマで違っていたりというのも、なるほど映像で見せるのに適した演出に改変してるんだなと感じた。だから、警察側に原作には登場しない女性刑事が追加されているのも「原作は手配師の麗子以外は男ばっかりだから、池田エライザさんを刑事役に入れることでバランスをとったのかな」くらいに思っていたのだ。

 いやはや、これが大間違いだった! 刑事が追加されたことには理由があったのだ。リリー・フランキーさん演じる定年間際の刑事・辰を襲った運命は、原作とまったく異なるのである。いやあ驚いた。原作既読組が最も度肝を抜かれた改変ではなかろうか。さらに、なりすましを成立させるために沖縄に旅行させた本物の尼僧が予定より早く東京に戻ってくる理由も、原作から大幅に改変されている。詐欺の被害に遭ったディベロッパーの青柳を最後に待ち受ける運命も異なる。待って、なんでそんなことになってるの!

 そして事ここに至って、ドラマが描こうとしているのが、地面師たちの──特にハリソン山中の底知れぬ狂気なのだと気付かされたわけだ。ドラマの山中はめっちゃ怖い。タガのはずれた狂気が全身から滲み出ていて、それはけっこう物語の早い段階から視聴者に伝わってくる。最初の詐欺事件に関わった人物が早々に「消される」ため、あ、ハリソンってそういう人なんだというのが序盤から明かされるのである。

 翻って原作のハリソンは──妙な言い方になるが変態紳士だ。グリズリーを撃ったときのことや拓海と出会ったときのデリヘル嬢とのやりとりなど、かなり危ない変態さんである。ドラマ同様、ずっと丁寧な言葉で語り、感情を出すことのないクールな役柄だが、「いやでもこの人おかしいよね?」という描写がところどころに挟まる。序盤から狂気が見えるのがドラマなら、頭のいい変態がその狂気を終盤で一気に露わにするのが小説なのだ。

■原作で読んでほしい、ドラマで描かれなかった地面師たちの一面

 キャストが発表されたとき、誰も彼もが原作のイメージ通りで「ぴったりだ!」と歓声を上げた。過去を背負う拓海役の綾野剛さん、狂気のリーダーであるハリソン山中の豊川悦司さんはもちろんだが、小池栄子さん(尼僧と手配師の両方があそこまで似合う人いる?)も北村一輝さんも、高圧的な司法書士のピエール瀧さんも、原作からそのまま抜け出たようで、これから原作を読む人もドラマのキャスティングのまま抵抗なく読み進められるだろう。

 だがひとりだけ設定の異なる人物がいた。偽造書類の作成を請け負う長井だ。ドラマでは染谷将太さんが演じ、独特のオタクっぽさが絶品だったのだが、彼だけは原作とキャラクターが変わっていた。

 原作の長井は他人と関わることを拒絶し、ハリソンからの依頼も最初は断る。それにはある事情があったのだが、その長井の心を溶かしたのが拓海だ。長井のもとを訪れた拓海はひょんなことから長井が人目につかない生活を送る理由を知る。その理由は、拓海自身の過去をも想起させ、拓海は長井に深いシンパシーを寄せるのだ。人恋しい、けれど人と交わるのが怖い、そんな長井の心を拓海が和らげていく。スリリングな物語の中にあって、拓海と長井のシーンは仲のいい男同士らしい、微笑ましさすらある。ここはぜひ原作で味わっていただきたい。

 この部分をカットした代わりに生まれたのが、拓海がホストクラブに潜入するくだりだ。拓海は作戦の一環として、長井に頼んで頬にケロイド状の火傷跡の特殊メイクを施す。ドラマだけだとそのままスルーしてしまうが、原作を読んでいると、原作の長井のエピソードをこういうふうに転用したのかと、演出の元ネタに気付けて楽しいぞ。

 原作・ドラマともに、ハリソン山中が警察から逃げおおせていることが仄めかされて終わる。ドラマではどこかの雪山にいたが、小説のラストシーンはシンガポールだ。今年7月に刊行された続編『地面師たち ファイナル・ベッツ』(集英社)では、シンガポールにいるハリソン山中が次の獲物を見つける。今度は北海道の200億円相当の土地を巡って、再び地面師たちの知略が味わえる次第。被害者も前作とかなりタイプが違うので、ぜひ続編もお楽しみいただきたい。

大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。

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