藤ヶ谷太輔・奈緒主演「傲慢と善良」モヤモヤした感情を見事に言語化 言葉でぶん殴ってくる原作の衝撃を味わって! 映画ならではの魅力とキャストたちの原作愛にも注目
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は100万部超えのヒット作を原作にしたこの映画だ!
■藤ヶ谷太輔、奈緒・主演!「傲慢と善良」(アスミック・エース・2024)
-
- 傲慢と善良
- 価格:891円(税込)
原作は辻村深月の同名小説『傲慢と善良』(朝日文庫)。2019年の単行本刊行当初から「刺さる」と大きな話題を呼んだ作品だ。まずは原作のあらすじから紹介しよう。
婚活に精を出す西澤架は、元カノのことを引き摺りつつもアプリで知り合った坂庭真実と交際していた。付き合い始めて2年が経ったある日、真実は架にストーカーの存在を打ち明ける。ついにそのストーカーが部屋にまで来たと聞いて架は結婚を決意した。ところが幸せだったはずの婚約生活が断ち切られる。真実が突然姿を消したのだ。ストーカーに連れ去られた可能性も否定できず、架は真実の母とともに警察に届け出た。しかし真実の行方は杳として知れない。
懸命に手がかりを探す架は、真実が実家の前橋にいたときに見合いを世話した婦人やその見合い相手、真実の友人や姉などさまざまな人に話を聞く。そこに浮かび上がってきたのは「婚活」とは何かという現実と、架が気付かなかった真実の真実(ややこしいな!)だった。そして架は友人の言葉から、真実が姿を消した本当の理由に気付かされることになる。
というのが架の視点で語られる原作の第1部。第2部では真実の視点に切り替わり、彼女のこれまでと姿を消した理由、そしてその後彼女が東北の被災地にボランティアに行く様子が綴られている。ここまでは映画もだいたい同じだが、原作が「婚約者の失踪の陰には何があったのか」を関係者への聞き取りを通して解いていくというミステリ仕立てなのに対して、映画は原作の第1部と第2部をほぼ同時進行で描くことで謎解きの度合いを減らし、より恋愛ドラマに特化した作りになっていた。
大きな改変が見られたのはその後だ。原作では東北だったボランティア先が佐賀に変わっていたのはいいとして、その土地で真実が体験したことや架とのかかわり方が、原作と大きく異なるのである。おやおや、これはもしかして違ったラストが用意されてるのかな? と興味を惹かれた。なるほど、こう来たか。「違うけど原作のスピリットはしっかり再現されてた」とだけ書いておこう。原作既読組も、このラストは映画館で味わうが吉だぞ。

イラスト・タテノカズヒロ
■言葉でぶん殴ってくる原作に震えろ!
ストーリーの違いという点では後半の改変が目立つが、それよりも作品そのもののテイストの違いの方が私には大きく感じられた。前述のように、ミステリ部分がなくなって恋愛に特化したため、架が関係者へのインタビューを通して「言葉でぶん殴られる」要素が少し薄まっていたのだ。
顕著なのが、前橋で真実のお見合いをセッティングした小野里夫人との会話だ。彼女には本書の根幹を成す重要なセリフが多々ある。原作から引用しよう。最たるものが婚活がうまくいかない理由として挙げた「皆さん、謙虚だし、自己評価が低い一方で、自己愛の方はとても強いんです」という言葉。そして「ピンとこない」というよくある言葉の正体として説明した、このセリフだ。
「ピンとこない、の正体は、その人が、自分につけている値段です」「その人が無意識に自分はいくら、何点とつけた点数に見合う相手が来なければ、人は、“ピンとこない”と言います。──私の価値はこんなに低くない。もっと高い相手でなければ、私の値段とは釣り合わない」「ささやかな幸せを望むだけ、と言いながら、皆さん、ご自分につけていらっしゃる値段は相当お高いですよ」
いやもう、刺さる刺さる! 殴られる殴られる! 婚活中の人だけではなくて、何かを「選ぶ」時に私たちは無意識に自分を高く見積もっているという、知りたくなかった真実をぐっと掴まれて引き摺り出された気分だ。わかってた、でもわからないふりをしたままでいたかった! そういう蓋をした本音を辻村深月は容赦無く暴き出す。この場面だけじゃない、他の人との会話の中でも、もやもやしつつも考えないようにしていたいろんなことをズバリと斬られる場面が多々あり。「あの感情はこういう背景から来ていたのか」と腑に落ちつつもぶん殴られるという稀有な体験ができるのである。
映画でも、前田美波里さん演じる小野里夫人(あの迫力!)は趣旨としては同じことを言っている。だが小説には映画のような表情や動きがない分、とことん「言葉」で畳み掛けてくるのだ。もうやめてあげて、架(と読者)のライフはゼロよ! この畳み掛けるようにぶん殴ってくる「言葉」の波状攻撃は原作ならではの大きな特徴なので、映画を見た方もぜひとも原作で殴られていただきたい。
■一方で映像ならではの工夫も
その一方で、「原作にはなかったけどめっちゃわかりやすいな!」という演出も多々あった。いきなり感心したのが、序盤でレストランデートをしている架と真実の場面だ。どうやら付き合い出して1年が経つらしい。その場で、架は真実にプレゼントを渡す。宝石店のケースのようだ。そしたらばさ、もう指輪しかないと思うじゃん? プロポーズだと思うじゃん? 真実もそう予想してデレているし。ところが開けてみると、ネックレスなのである。え? 学生同士の恋愛ならまだしも30歳過ぎた男女が婚活アプリで知り合って1年付き合ってるのに、ネックレス?
真実の表情がコンマ数秒だけ止まるが、すぐに微笑んで喜んでみせる。これは原作にはないエピソードだ。上手いなあ、と思った。この場面だけで、架がまだ結婚を具体的には決めていないこと、真実はプロポーズを待っていることが明確に伝わるのだ。だが、これを序盤に見せることで、映画は原作のミステリ部分のネタバラシをしているに等しい。ミステリ要素をカットして恋愛ドラマに軸を移したと判断した所以である。
また、これは映画のパンフレットに書いてあって初めて知ったのだが、真実が架の部屋で水をやっているゼラニウムは真実の実家にもあり、彼女が親の支配下から抜け出せていないことの象徴になっている。しかも白いゼラニウムの花言葉は「偽り、優柔不断、あなたの愛を信じない」だそうだ。うわあ、これは知らなかった。そのゼラニウムが日を追うにつれて枯れていく。ミステリ要素が薄まった代わりに、こういったメタファーに隠された裏側を知る映像ならではの楽しみが追加されたんだなあ。
パンフレットには架を演じた藤ヶ谷太輔さんと真実を演じた奈緒さんのインタビューも掲載されているが、ふたりとも辻村深月の小説作品に言及しているのが興味深い。藤ヶ谷さんは本書だけでなく『闇祓』(角川文庫)や『嘘つきジェンガ』(文藝春秋)を例に挙げて「なんで僕のことをこんなにわかって言葉にしてくれるんだろう」と感じたというし、奈緒さんは『凍りのくじら』(講談社文庫)が読書好きになったきっかけで、他に『本日は大安なり』(角川文庫)を挙げている。『本日は大安なり』はめちゃくちゃ楽しいので私も強く推す。
このように原作となった作品だけでなく著者の他の作品まで演者が語るインタビューというのは珍しいのではないか。これはそのまま辻村作品のブックガイドにもなる。それぞれのファンの方は、ぜひふたりが挙げた作品をお読みいただきたい。言葉の持つ力、説明のできなかった思いに名前を与えてくれる力、というものを存分に堪能できる。他に『ツナグ』(新潮文庫)や『かがみの孤城』(ポプラ文庫)も評価が高い。ポップな青春ミステリからドス黒い家族もの、恋愛、ファンタジーまで幅広い辻村ワールドに、この機会にぜひ触れていただきたい。
大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
連載記事
- 玉森裕太出演「シャイロックの子供たち」銀行を舞台にした群像劇「ふと道を踏み外す瞬間は誰にでもある」原作、WOWOW版との違いも面白い 2023/03/01
- 玉森裕太主演「祈りのカルテ 研修医の謎解き診察記録」玉ちゃん推しならぜひ原作を! 主人公視点で描かれる原作の魅力を解説 2022/11/24
- 北山宏光出演「卒業タイ厶リミット」小説ならではの仕掛けを見事に映像化 原作・ドラマどちらからでも! 2022/05/18
- 亀梨和也主演「正義の天秤」亀ちゃんに振り回されるキスマイ北山宏光の成長にニヤニヤ 2021/10/13
- 藤ヶ谷太輔出演「華麗なる一族」黒藤ヶ谷がほとばしる! さらなる「昭和感」を原作で 2021/07/07
- 藤ヶ谷太輔主演「やめるときも、すこやかなるときも」ふたりの心に寄り添った原作を要チェック! 2020/02/26
- 玉森裕太主演 東野圭吾の真骨頂「パラレルワールド・ラブストーリー」を最大限に楽しむには? 2019/06/12
- 「リバース」クールな玉森裕太が体現するイヤミスの魅力[ジャニ読みブックガイド第2回] 2017/06/07
- 水上恒司主演、山下美月・宮舘涼太出演「火喰鳥を、喰う」ミステリとホラーが見事に融合 舘様演じる超常現象研究家の「胡散臭さ」が物語を動かす?! 原作を読むことでさらに腑に落ちるぞ 2025/11/05
- 圧巻の映像に魂を奪われた! 妻夫木聡主演「宝島 HERO’S ISLAND」改変も腑に落ちた映画版 原作で注目すべき「語り手」とは 2025/10/22
大矢博子
- 書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
































