「ああ、そういうことか!」窪田正孝主演「宙わたる教室」ほぼ原作通りのドラマ版 原作で気づかなかった部分を補う“ささやかで優しい改変”に感動
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は科学と定時制高校を組み合わせたこのドラマだ!
■窪田正孝・主演!「宙わたる教室」(NHK・2024)
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- 宙わたる教室
- 価格:1,760円(税込)
原作は伊与原新の同名小説『宙わたる教室』(文藝春秋)。これまで新田次郎文学賞を受賞した『月まで三キロ』(新潮文庫)や直木賞候補になった『八月の銀の雪』(新潮文庫)など、著者の専門である地球惑星物理学を中心に科学要素をモチーフに取り入れた小説で存在感を強めている。
『宙わたる教室』の舞台は定時制高校だ。さまざまな事情で夜間の高校に通う生徒たちが理科教諭・藤竹のもとで科学部を作り、その活動を通して少しずつ自分を見つめ直していく様子が描かれる。
第1話はゴミ収集の仕事をしながら定時制に通う青年、柳田岳人。彼の答案を見た藤竹が、本人も自覚していなかった識字障害(ディスレクシア)に気づく。第2話は夫とフィリピン料理店を切り盛りしている越川アンジェラ。全日制の生徒のペンケースがなくなった出来事をきっかけに、彼女が退学を迫られることになる。第3話は起立性調節障害で昼間の学校に通えず、定時制でも保健室登校を続ける名取佳純。ついリストカットをしてしまう彼女に、似た境遇のクラスメートが話しかけてくるが……。
そして、この稿を書いている時点ではまだ放送されていないが、第4話は74歳の長嶺省造の物語だ。ある理由から定時制で熱心に勉強しており、真面目に授業を聞かない若い同級生を苦々しく思っている、というのが原作の設定。ここまでの3話はいずれも原作からの改変がほとんどないので、おそらく第4話も原作の通りに進むと思われる。先にドラマを見て原作を手にとった人も、まったく違和感がないのではないだろうか。
違いといえばひとつだけ、ドラマでは第1話の冒頭に、窪田正孝さん演じる藤竹が大学時代の同期である相澤を尋ねる場面が挿入されていた。これは原作では第6話「恐竜少年の仮説」の一場面である。ちなみに相澤を演じるのは中村蒼さん。いきなりのふたりのツーショットに、「エール」(NHK、2020)の作曲家&作詞家コンビだ!と嬉しくなった朝ドラファンも多いのでは。
原作第6話のこの場面を冒頭に持ってきた意図はわかる。なぜ研究者の藤竹が定時制高校の教師になったのかという謎を最初に出すことで、一話完結であるこのドラマに全体を通した興味を持ってもらうためだろう。原作エピソードの順序を変えただけで、改変というほどではない。ではこのドラマは徹頭徹尾原作通りなのか? いや、どうもそんなことはなさそうなのだ。
■この先に大きな改変があるのでは……?
今までのところは極めて原作に忠実だ。たとえば原作の第1話には、教室内で“青空”を作る実験をするため煙草を吸う場面がある。最近のドラマでは喫煙シーンは省かれる傾向にあるので、ここはどうするのだろうと思っていたのだが、しっかり教室内喫煙が登場して、逆に驚いた。まあ、原作よりかなりマイルドになってはいたけれど。
もちろん他にも細かい違いはあった。たとえば第1話の蕎麦屋の場面は原作にはないし柳田の子ども時代の回想も原作と異なる。ちょっと残念だったのは、柳田がディスレクシアだというのを認識する場面だ。ドラマでは退学届がうまく書けないというのがきっかけだったが、原作ではディスレクシア用に開発されたフォントを見て「読める」と驚く場面がある。映像でそのフォントが見られるかなと楽しみにしていたのだが。
第2話ではアンジェラの環境が少し変わっていたし、同級生の窃盗疑惑に柳田が校庭で反論する場面はドラマオリジナルだ。他にも、原作の方が科学の情報が詳しいとか、実験のトライ&エラーが多いなどの違いもあるが、どれも改変としては瑣末と言っていい。演出上の違いこそあれ、人物造形も物語もすべて原作通りなのである。
だが、注目すべきはここからだ。今、ちょっと後悔しているのだが、このドラマを取り上げるのは全話の放送が終わってからの方が良かったかもしれない。なぜならここまで原作通りに1回1話で進んできたこのドラマだが、おそらくここから先に何らかの大きな改変が予想されるのである。
なぜそれがわかるか。だってドラマは全10話なのに、原作は7話までしかないんだもの。終盤の話を膨らませて2回に分けるか、もしくはドラマオリジナルの回が入るとしか思えないじゃないか。原作第6話の藤竹自身の話を膨らませて最終話に持ってくるのか、あるいは原作最終話の生徒たちの花道を大々的にやるのか。原作通りなら科学部の面々は「火星のクレーターを再現する」という目標に向かって1話ずつ進むため、オリジナル回が入るとしてもその過程を無視するわけにはいかないし、さてどうなるか? 予想しながら楽しみに待ちたい。
■特に推したい、第3話のささやかで優しい改変
全話の中で原作・ドラマともに最も印象に残っているのが第3話「オポチュニティの轍」である。保健室登校の名取佳純がそこを出て科学部に参加するまでのあれこれを描いた話で、ドラマ的には「あれこれ」の部分が大事なのだけれど、私がこの話を好きなのは藤竹と名取がSF小説を通じて交流を始めるくだりだ。
名取はアンディ・ウィアーの『火星の人』(ハヤカワSF文庫)を真似て、保健室のノートに日記をつけている。『火星の人』は、火星の有人探査ミッションで事故がおきて火星にひとりで取り残されてしまった宇宙飛行士の物語。火星のひとり「ザ!鉄腕!DASH!!」という感じの話だ。日記の形式も特徴的で、それを真似た名取の日記は、たとえば「ログエントリー:ソル15 ハブで読書。『星を継ぐもの』九二ページまで。EVAなし」といった具合である。
ソルは火星の1日。ハブは火星の居住施設で、ここでは保健室を指す。EVAはExtravehicular Activity、船外活動のこと。つまり「登校15日め、保健室で『星を継ぐもの』を92ページまで読んだ、外には出なかった」という意味になる。ちなみに『火星の人』にも、主人公がデジタルブックでアガサ・クリスティーの『白昼の悪魔』を80ページまで読んだ、と書かれた日がある(犯人の予想もしている)。
それらの用語は小説では地の文で説明されるが、ドラマではそうはいかない。藤竹が養護教諭に、ソル、ハブ、EVAといった言葉の意味を説明する場面が挿入された。ここで私は感動したのだ。EVAは、原作では「宇宙服を着ての船(施設)外活動」としか書かれていないのだが、ドラマの藤竹は「EVAは船外活動のことです。外に出るためには重たい宇宙服を身につけなければいけない。保健室は学校で唯一、彼女が装備がなくても息ができる場所、ハブなのかもしれない」と説明するのである。
ああ、そういうことか、その比喩だったのかと膝を打った。原作小説を読んだときになぜ気づけなかったのか。やられた。私にとってはこの場面だけでも、ドラマを見た甲斐があった。
もちろん、テキストのみで説明された原作小説の実験を、映像で見られるという楽しみもある。窪田さんの朴訥とした優しい語りや、英語教師役の田中哲司さんの明るい演技などもドラマの大きな魅力だ。だがこのドラマの最大の特徴は、相手が誰であっても厳然として揺るがない科学という学問が揺らぎの多い生徒たちをつないでいく、そんな原作のテーマをしっかりと汲み取り、それをさらに映像とセリフで読者につなげていくための「ささやかで優しい改変」にあるのではないか、と感じたのである。
なお、『火星の人』は映画「オデッセイ」の原作だ。科学のテキスト表現と映像表現の違いは『宙わたる教室』に通じる部分もあるのでぜひどうぞ。映画と小説ではラストが違うのでチェックしながら楽しんでいただきたい。
大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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