大矢博子の推し活読書クラブ
2024/11/27

浜辺美波、赤楚衛二主演「六人の嘘つきな大学生」全員嘘つき! 人を一面だけで判断する恐ろしさを実感 原作ではさらに、さらに騙される この仕掛を小説で堪能すべし!

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 推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は騙し騙されの就職活動を描いたこの映画だ!

■浜辺美波、赤楚衛二・主演!「六人の嘘つきな大学生」(東宝・2024)


 映画開始数分で「あれ?」と思った。原作を読み、「これを映画ではどう表現するんだろう」と楽しみしていた伏線が幾つかあったのだが、いきなりその中でも最も大きな伏線が「なかったこと」にされているのがわかったのだ。その時点で、これは原作から相当変えてくるぞ、と思った。

 原作は浅倉秋成の同名小説『六人の嘘つきな大学生』(角川文庫)。舞台は人気IT企業スピラリンクスの就職試験だ。最終面接に残った大学生6人に、1ヶ月後にグループディスカッションを行うことが告げられる。内容次第では全員の内定もあり得るとのことで、6人は定期的に集まって協力しあいながらディスカッションの準備を進めていた。

 ところがすっかり6人が親しくなったある日、人事部からのメールで方針変更を告げられる。内定枠が1名と決まってしまったため、グループディスカッションでは「6人の中で誰が採用されるべきか」を話し合ってほしいというのだ。そしてディスカッションの当日、会場となった部屋に不審な封筒が置かれていた。それには参加者ひとりひとりの過去の悪行が告発されており、仲の良かった6人が疑心暗鬼になる。誰がこんなものを用意したのか、そして選考の行方は──。

 というのが原作・映画両方に共通する設定である。設定は同じなのだが、構成がかなり大きく変わっていた。映画では最終選考に残った6人が次第に親睦を深め、その上で選考方法が変わったため敵対せざるを得なくなる。そこに怪文書が出てきて場が混乱し、犯人探しが始まり、最終的に犯人が「確定」し内定者が決まるまでが一気に描かれた。

 途中に思わせぶりなカットバックが3回入るが、ごく短い時間で、基本的に密室での会話劇が続く。ひとりずつ過去が暴露され、それまでの友情が雲散霧消する。そんな人だとは思わなかった、ぜんぶ嘘だったのかという疑心が人の心を180度変える様子と、そもそもこんな卑怯な怪文書を用意したのは誰だという絞り込みの過程はとてもエキサイティングで見どころ満載だ。

 そこから映画は8年後に跳ぶ。「犯人」とされた人物が病死したことが「内定者」に伝えられ、「犯人」の残したメッセージから意外な事実が明らかになり、5人の元大学生は再びあい見えることになる。


イラスト・タテノカズヒロ

■時系列で見せる映画と、ふたつの時代を行き来する原作

 5人の元大学生が再びあい見えると書いたが、ここが原作と違うところだ。原作では彼らが再会する場面はない。そのかわり、「その後の彼ら」は別の方法で紹介される。最終選考の進み具合が描写される途中で、8年後の彼らに誰かがインタビューしている様子が差し込まれるのである。

 まずは企業の人事担当者だ。8年前の選考の結果内定者となった人物が、当時の人事担当者の話を聞いているらしい。この時点では、インタビューをしている内定者が誰なのかは明かされない。ただ、現在は会社のエースとして活躍していることが仄めかされる。そしてもうひとつ、ここで名前は伏せたまま、あのときの犯人は亡くなったことが伝えられるのだ。

 以降、ディスカッションの最中に怪文書が発見され、皆の悪事がひとりずつ暴露される。その都度、8年後に内定者がその人物を訪ねて行って、当時の告発についてどう思ったか、あれは事実だったのかを聞いて回るインタビューが差し込まれるのだ。それが繰り返されるうちに、消去法で犯人と内定者が絞られていくという方法をとっている。

 原作ではこの8年後のインタビューが実に効果的だ。読者はそれまで、6人の大学生たちの人となりをおおよそ掴んだ、と思っていたことだろう。リーダーシップのある九賀、バランサーの波多野、データ収集に秀でた森久保、ムードメーカーの袴田、語学と人脈の矢代、洞察力の嶌。明るい人、無口な人、真面目な人など、それぞれの性格も著者はわかりやすく伝えている。ところが怪文書により、そのイメージがぶち壊される。登場人物だけではない、読者もまた裏切られた気持ちになる。そして8年後、現在の彼らのインタビューは、彼らがどんな人間なのかをさらに如実に炙り出すのだ。

 いやあ、これがね、上手いのよ。テクニカルなのよ。就職活動という一種特殊な場から解放されて8年、それぞれの今の生活もしっかり固まっていて、距離を置いて過去を振り返ることのできるタイミングで「あの頃の自分」と「今の自分」を語る。怪文書で起きた混乱で読者は「おまえホントはそういうヤツだったのか!」と裏切られるわけだが、この未来のインタビューで再度「おまえそういうヤツだったのか!」を突きつけられることになる。

 だが、これこそが原作者・浅倉秋成の企みなのだ。このインタビューにとんでもない伏線が詰まりまくっているのだ。ところがインタビューが映画ではまるっとカットされており、ここの仕掛けはすべて映画には使われていなかった。それはそれで仕方ないとは思いつつ、いやあ、実にもったいない! このインタビューひとつひとつに騙しや意外な真相が入っていて、これらがあったからこそ後のサプライズとテーマのメッセージ性が何倍にも膨れ上がるのにーーーー!

■原作で小説だからこその仕掛けを堪能すべし!

 もちろん尺の問題もあるだろうし、冒頭に「これを映画ではどう表現するんだろう」と書いたように小説という手法だからこそ可能な伏線を映像化するのは難しかったということもあるだろう。むしろ小説には小説の、映画には映画の強みがあるのだから、5人が再会するあの場面は映画ならではの映像の面白さ──小説では表現不可能な面白さが存分に出ていたように思う。人を一面だけで判断することのおそろしさというテーマも、映画から充分に伝わった。

 その上で、やはり、これは原作を読んでほしい! 具体的には書けないが、のちに内定者となった主要人物について、原作の重要な要素をふたつ、映画はカットしている。そしてこの重要なふたつの要素は、実は読者にも終盤まで伏せられているのだ。しかしそれが明かされた瞬間、それまでのいろんな場面の持つ意味がいっぺんに逆転するのである。うーん、まどろっこしい言い方しかできないが、ある意味「真犯人は誰か」というメインのサプライズを超えるサプライズが、原作には用意されているのである。そしてそのサプライズこそ、読者が「人の一面しか見ずに判断していた」ことを痛烈に自覚させるトドメの一撃なのだ。

 その要素やそこにからむ伏線をすべてカットした結果、映画では、内定者に対する告発の内容は最後まで明かされずに終わった。けれど原作にはそれもはっきり出てくるので、ぜひ原作をお読みいただきたい。そして原作を読んで「確かにこの伏線は映像では難しいな」と思った方は、大沢形画(画)・杉基イクラ(キャラクター原案)によるコミカライズ『六人の嘘つきな大学生【プラス1】』(角川コミックス・エース)・全3巻をお勧めする。ちゃんと絵で出てくるぞ! なるほど、この伏線は映像では難しくても漫画なら可能なのだ。

 また、映画でカットされた8年後のインタビュー場面を、映画のキャスティングで脳内再生しつつ読んでいただきたい。NHKの朝ドラ「おむすび」で朴訥な野球選手を演じている佐野勇斗さんがあんなことを!とか、山下美月さんが電車の中でそんなことを!とか、この場面を浜辺美波さんで見たかった、などの意外な行動がカットされたシーンに山ほど出てくるぞ。そんな中、原作のイメージ通りだったのが波多野役の赤楚衛二さん。赤楚さんはむしろ映画の波多野より原作の波多野に近いように思われる。そういう意味でも、推しの役柄をチェックしながら原作のサプライズを堪能すべし!

大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。

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