のん主演「私にふさわしいホテル」原作の「笑えるけど強烈な毒」を、のんのハジけた演技で見事に再現 業界人が身につまされるリアリティに書評家も「なんかゴメン」
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- 私にふさわしいホテル
- 価格:693円(税込)
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は業界人が笑いながらも震えるこの映画だ!
のん・主演!「私にふさわしいホテル」(日活/KDDI・2024)
新人賞は受賞したものの単行本を出してもらえず、鳴かず飛ばずの新人作家・相田大樹、本名中島加代子。彼女は多くの文豪が執筆のために泊まった山の上ホテルに自費で宿泊し、作家気分に浸っていた。そこへやってきたのは加代子の大学の先輩であり、現在は敏腕編集者の遠藤道雄。遠藤は加代子の部屋の真上の部屋で人気作家・東十条宗典がカンヅメ中だと告げ、明日朝までに彼の原稿が上がらなければ掲載に間に合わないとこぼす。
ということは、東十条が原稿を落とせば、自分が遠藤に預けたまま塩漬けにされている短編が代わりに載るのでは? 加代子は持ち前の話術と演技力で東十条の執筆を邪魔することに。さて、その顛末は──というのが映画と原作両方に共通する導入部である。
原作は柚木麻子の同名小説『私にふさわしいホテル』(新潮文庫)。連作短編の形式をとっており、上記のあらすじは第1話の表題作のもの。以降、一話ごとに加代子がさまざまな障害をあの手この手で掻い潜り、文壇でのし上がっていく様子をコミカルかつドタバタに描いた文壇ピカレスクコメディだ。
原作第2話では文学賞のパーティで東十条と再会、ピンチに陥るも起死回生の一矢を放つ。第3話は編集者との付き合いや加代子の恋愛話。第4話は才能ある新人作家に肩入れする遠藤に加代子と東十条が復讐を企む。第5話は書店回りの末に文学賞にノミネートされるも、宿敵・東十条が選考委員として立ちはだかる。そして最終話では加代子の小説が映画化されるにあたり、キャスティングを巡るドタバタが展開されるという流れ。
映画はこれら原作から第3話と最終話を除いた4話をつなげて再構成している。取り上げられた4話はストーリー展開はもちろんセリフや細かい演出も原作に沿っており、なにより原作の持ち味である「馬鹿馬鹿しくて笑えるけど毒は強烈」という世界観を、加代子役ののんさんのハジけた演技と東十条役の滝藤賢一さんの突き抜けたコメディアンぶりで見事に再現していた。遠藤役の田中圭さんの、善良なんだか策士なんだかわからない、でも文学が好きというのは揺るがない編集者も素晴らしかったなあ。

イラスト・タテノカズヒロ
映画と原作、ここの違いに注目!
基本的に原作に沿ってはいたが、大きな改変がふたつあった。ひとつは、加代子の新人賞受賞作が単行本化されなかった理由。映画では選考委員を務めた東十条が酷評したせいで、それが加代子と東十条の「宿敵」関係の出発点になっていた。しかし原作では、同時受賞したもうひとりの新人作家が芸能人で、世間の目がそちらに集中してしまったためという設定だ。その芸能人が原作では最終話にもう一度登場する。これで第1話と最終話がシンクロする見事な構成なので、これはぜひ原作でお確かめいただきたい。
もうひとつの違いは、原作では執筆時の2010年代だった舞台を1980年代の昭和に設定していたこと。これにより、執筆はPCではなく原稿用紙に万年筆、文学賞の待ち会はスナックで黒電話を囲むという、往年の文壇・文豪の雰囲気がぐっと強まった。執筆に行き詰まって原稿用紙をばらまくなんて昭和ならでは。現代が舞台ならデリートキーを押すだけなので絵にならないのは確かだ。
だが、昭和を舞台にした理由は決して雰囲気作りだけではないと思う。小説雑誌の枠を作家たちが奪い合う様子や、小説雑誌の目次に名前が載ることの喜びや影響など、雑誌が元気でどんどん新雑誌が創刊されていた80年代という舞台の方がよりリアルに感じられた。今は雑誌もwebに移行して、「限られたページ数」という概念がなくなってきている。そもそも、加代子のように渡した原稿をいつまでも出してもらえないくらいなら、自分で発表する手段が今は山のようにあるわけだし。
東十条のような大御所作家が交際費をガバガバ使い、文学賞の選考ではその大声で主張を押し通す──という光景も令和の今となっては、めっきり減ったのではないか。この原作が描かれたのは2011年から12年にかけてで、確かに当時は昭和ほどではないとはいえ、まだ……と思い起こすに、いやはや、この十数年で文壇も変わったなあ。
厳密に言えば1980年代には「カリスマ書店員による販促」は今ほど強力ではなかったと思うが、そこはまあご愛嬌か。どうしてもはずせないエピソードだし。加えて、最後まで見たときにこの設定が持つもうひとつの意味がわかって膝を打った。最終話がカットされた分、文学賞を巡る加代子の作戦も原作とは別の展開になっているので、ここは読み比べ推奨だぞ。原作のラストはこれまたとても良くて、このラストも映画で見てみたかったな。
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- 文芸あねもね
- 価格:737円(税込)
笑いにまぶした強烈な毒、柚木麻子の真骨頂!
今はだいぶ変わったとはいえ、文壇をある程度知っている人なら、ここに描かれたエピソードが実はかなりリアルである(だった)ことはすぐにわかる。出版社や作家のパワーバランスで雑誌掲載や単行本出版がうまく進まないこと。有力者の鶴の一声で文学賞の行方が左右されること。「男尊女卑クソジジイ」と呼ばれる東十条のような大御所の存在。編集者がついてきてくれるワケでもない、作家自らカリスマ書店員に頭を下げ、自虐トークを繰り広げ、「何冊サインしましょうか、50冊?」「10冊で」のやりとりには涙を禁じ得ない。
映画ではカットされたが、原作に描かれた数々のエピソード──芸能人作家が受賞すると報道で同時受賞者や候補者が霞んでしまうことや、ろくに本を読まず会社の金で飲み食いする編集者、書評家のいい加減な酷評(いやもう、ここはグサグサきたよ)、パワハラやセクハラなんかも、残念ながら無いとはいえない。このあたりも今は当時よりはマシになっている──と中の人のひとりとしては思っているのだが、どうだろう。
正面から書くと作家残酷物語になってしまうこのモチーフを、楽しいドタバタのコメディに仕立て上げ、けれどちゃんと毒をまぶしてくるのが柚木麻子の巧いところだ。しかもその毒が強烈ときている。原作には実在の作家が実名で登場し、加代子とグチったり飲んだりする場面もあるので、リアリティは5倍増しだ。映画は面白くて楽しかったが、それでも中の人としては身につまされたり「あイタタタタ」となったり「なんかごめん」と思ったり……。
だからこそ、そんな理不尽に真っ向から抗い、自分の夢を叶えるためなら人を陥れるのも厭わない加代子の快進撃が痛快(文字通り、痛いけど快い)なのだ。こんなふうに振る舞えたら、こんなふうにやれたら、どんなにスッキリするだろう。そしてこの思いは文壇にとどまらず、どの業界にもあるのではないか。
本書第1話「私にふさわしいホテル」は、2011年7月、「女による女のためのR-18文学賞」ゆかりの10名の女性作家たちによって電子出版されたアンソロジー『文芸あねもね』(のちに新潮文庫入り)のために書き下ろされた。売り上げは全額東日本大震災の被災地に寄付されるチャリティ同人誌である。電子出版ならすぐに出せる、紙不足や輸送も気にせず被災地の人にも届けられるという理由での刊行だった。自分の幸せのために傍若無人にぐいぐい進む加代子の物語が、当時の読者に笑いと元気を届けたのは間違いない。
それは今も同じだ。セクハラにパワハラ、気分で方針を変える上司や取引先、報われない努力──そんな毎日に心が擦り減っている人に、のんさん演じる加代子の、いっそ凶悪なまでの暴走は間違いなく元気を与えてくれるはずだ。
大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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大矢博子
- 書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。

































