大泉洋主演「室町無頼」息つく暇も与えない圧巻のクライマックス! これぞ“令和の東映時代劇” 原作でキャラ同士の関係性や背景を知ると更に楽しめるぞ
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は室町時代の土一揆を描いたこの映画だ!
■大泉洋・主演、長尾謙杜、堤真一・出演!「室町無頼」(東映・2025)
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- 室町無頼(上)
- 価格:781円(税込)
はじめに言っておくが、この映画は史料として残っている「史実」や垣根涼介の原作小説『室町無頼』(新潮文庫)から大きく変えてある部分がある。史実にこだわりたい人、原作の「そこを見たかったのに」と感じる人もいるかもしれない。だが映画はこれで大正解なのだ、と最初に断言してしまおう。なぜなら原作者が描きたかったテーマはしっかり継承しているし、何よりこれは「令和の東映時代劇」なのだから。
まずは時代背景とあらすじから。大飢饉に見舞われた室町時代の寛正2年(1461年)が舞台。応仁の乱が始まる少し前である。庶民は道を通るにも厳しい税が取り立てられ、生活に困窮して土倉と呼ばれる金融業者から借金するも返せず、餓死したり妻や子が身売りされたりという状況にあった。
そんな中、主家も親も失った少年・才蔵は棒術の腕を買われ土倉の用心棒のひとりとして雇われる。しかしある夜、賊が侵入。賊はなんと京都の治安維持を任されている骨皮道賢率いる一派だった。腕を見込まれた才蔵は骨皮の友人、牢人・蓮田兵衛に託され、琵琶湖畔の謎の老人(柄本明)のもとで棒術の修行を積むことになる。どうやら蓮田と骨皮には、才蔵を鍛える目的があるらしい。
厳しい修行を終えて戻ってきた才蔵は、そこで初めて蓮田から企みの全貌を聞く。守護だけが肥え太り、金がないなら税を重くすればいいと笑い、飢饉で庶民が苦しんでもまったく意に介さない、何の対策もとられないこんな世の中など一度潰してしまえばいい。そしてかつてない大掛かりな徳政一揆(借金を帳消しにさせるための一揆)を起こすのだ、と。
不満が限界に達した庶民や牢人たちが蓮田のもとに集う。京都だけではなく、周辺からも食い詰めた飢民や牢人が流入、その数は数万人規模に達したという。立場上敵対する蓮田と骨皮。先鋒を任された才蔵。はたして一揆の行方は──。
というのが原作・映画に共通するあらすじである。蓮田兵衛と骨皮道賢は史料にも(わずかだが)名前が登場する実在の人物。蓮田兵衛は牢人であり、つまりこの寛正の土一揆は武士階級が庶民を率いて起こした、世にも珍しい一揆ということになる。映画では才蔵はなにわ男子の長尾謙杜、蓮田は大泉洋、骨皮は堤真一が演じている。
イラスト・タテノカズヒロ
■映画と原作、ここの違いに注目!
原作は上下巻に分かれているが、上巻の読みどころはなんといっても才蔵の棒術の修行! 謎の老人に預けられ、揺れる船の上から回る水車に打たれた釘を棒で突く訓練(映画では桟橋の上から杭に打たれた釘を打つ方法に変わっていた)や、無数の吹き流しの先につけられた小刀が風に煽られて向かってくるのを避けながら打ち落とす訓練など、いやもうこれ少年ジャンプかな? 鱗滝に預けられた竈門炭治郎かな? このまま才蔵が「棒の呼吸」とか会得しても納得するぞ。
だが才蔵が戦うのは鬼ではなく、鬼のような世の中だ。そして原作では、この才蔵がたびたび視点人物を務めるというのがポイント。何者でもない孤児から油の振り売りになり、天秤棒に慣れたことで体が鍛えられ棒術を会得する。後ろ盾のない孤児にとって頼れるのは自分だけ。負ければ、飢えれば、死ぬだけ。世の中のことは二の次で、ただその日を生きていただけの少年が、蓮田との出会いを通して「生きる意味」を見つけていく。
蓮田や骨皮はすでに完成された大人として登場するため、本書の核はこの才蔵の成長にあると言っていい。室町時代という歴史小説でもあまり扱われることのない、つまりは馴染みのない時代をどう読者に伝えるか。それが、何も知らなかった才蔵が少しずつ世の中を知っていくことで、読者も彼とともにこの時代を理解していく仕組みになっている。
翻って映画では、しょっぱなから餓死した死体が山積みにされ、十把一絡げに捨てられる残酷描写から始まる。金を返せずに虫けらのように殺され、妻子を奪われる様子が映される。そこに酒を飲んで笑い合う守護たち。ああ分かりやすい! さらにこの才蔵の成長が、原作では彼の思考や行動が文章で表されるのに対し、映画では見た目からして変わるのだ。長尾くんがどんどんかっこよくなっていく。映像の強みだなあ。
そんな映像の強みが遺憾無く発揮されたのはクライマックスの土一揆シーンだ。とてつもない数のエキストラを使った、狂乱とも怒涛ともいえる大迫力の一揆。アクションに次ぐアクションは観客に息つく暇も与えない。朝日を背に立つ蓮田と、それを取り巻く才蔵たちのシルエットは、まさに室町アベンジャーズだ。嗚呼、これぞ東映時代劇!
冒頭で、史実や原作から大きく変えていたと書いたのはここのこと。史料では、この寛正の土一揆は複数回に分けて行われている。寛正2年9月11日を皮切りに、断続的に11月まで続き、蓮田が首謀者として捕らえられるのは最後の11月の急襲時なのだ。原作ではそれぞれの回で蓮田が何を狙い、骨皮とどう駆け引きしたかがつぶさに描かれる。最終的には鎮圧されていることが見えている土一揆の落とし所をどこにするのか。2ヶ月近くかかった一揆だからこその、時の流れが原作では色濃く描かれるのだ。これは一晩ですべて終えてしまった映画にはない読みどころである。
■映画ではカットされた主要人物の過去を原作で補完せよ
その史実を変えた映画が、それでも「大正解」と書いたのは、一揆の最中に誰かが叫んだ「民のために使わんで、何のための税か!」というセリフによる。これこそが原作の、そして映画の最大のキモだと私は思う。増税に物価高、庶民の暮らしは苦しく、感染症が追い打ちをかけ、被災地の復興は遅々として進まず、格差は広がる一方というこの現代にこの物語が、この映画が作られた意味はここにある。
史実では2ヶ月かかった一揆を一晩で終わらせるという改変は、確かに歴史描写という点や原作の読みどころをひとつ削いだという点では、もったいないようにも感じる。けれどあの大迫力のアクションを何度もやられては、演者も観客も身がもたないし映像では間延びするだろう。政治家が舐めたことをしてると限界に達した庶民は黙ってないぞ、という物語のエッセンスが、最も「ザ・東映時代劇」に合った形で映像化されたのがこの映画なのだ。
その上で、やはり原作を読んでほしい! というのも映画では原作にあった登場人物ひとりひとりの過去だったり登場人物同士の出会いの場面だったりというのが、ことごとくカットされているのである。特に映画では友人なのか敵なのかよくわからない蓮田と骨皮の関係は、原作を読むと実によくわかる。根っこのところでふたりは同志なのだ。
あるいは一揆に参加した兵法者の赤間誠四郎(遠藤雄弥)や七尾ノ源三(前野朋哉)、馬切衛門太郎(阿見201)が、才蔵とどのように出会ったかも原作では詳しく綴られる。何より才蔵の生い立ちも原作に詳しい。弓術使いの超煕(武田梨奈)のみ映画オリジナルキャラだが、小刀をあつらえた小吉(般若)は原作にも登場する。そして──実はこの人物にこそ注目してほしいのが、金貸しである土倉の法妙坊暁信(三宅弘城)だ。
映画の暁信は小狡い人物として描かれていたが、原作を読むとその印象は大きく変わるはず。比叡山という後ろ盾があるにせよ、彼もまた、上からはもっと税を取れ、金を返させろとせっつかれ、下からは一揆を起こされるという、かなり辛い立場なのである。そんな中で暁信は、それでも自らの義を重んじて動く場面が多々ある。
これら人物ひとりひとりのありようをいちいち描いていたら映画は進まない。それはよくわかる。だからこそ原作で人の数だけあるドラマを味わってほしい。そして実際の寛正の土一揆はどのような道を辿り、どのように鎮圧されたのかも、ぜひ原作でお確かめいただきたい。映画のさまざまな場面が、より深く胸に落ちるはずだ。
大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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大矢博子
- 書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。