「愛しているのにわかり合えない」とは? 三山凌輝・久保史緒里主演「誰よりもつよく抱きしめて」夫婦を未婚カップルに変えた映画版 改変の理由を読み解く
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回はボーカル&ダンスグループのスター3人が共演したこの映画だ!
■三山凌輝、久保史緒里・主演、ファン・チャンソン・出演!「誰よりもつよく抱きしめて」(アークエンタテインメント・2025)
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- 誰よりもつよく抱きしめて 新装版
- 価格:880円(税込)
若っ! というのがキャスト発表の時の感想だった。新堂冬樹の原作小説『誰よりもつよく抱きしめて』(光文社文庫)より主要人物が皆かなり若い設定になっている。それだと背景がいろいろ変わってしまうのでは? しかもこのキャスティングだと乃木坂46がBE:FIRSTと2PMの間で揺れるという展開に……。ちょっと待て、なんだそれは。どうなるんだいったい。
と、混乱しながら映画を見たのだが、いやあ、良かったわーー。若くてもぜんぜん違和感なかったわ。主要三人ともアーティストやアイドルのイメージが強くて、観てるこっちがそのイメージに引きずられやしないかと心配だったんだが、まったくの杞憂だった。人物の設定年齢が違うにもかかわらず、主要三人は原作のキャラそのまま! 特にRYOKIこと三山凌輝さん、立ち居振る舞いから物言いまで、原作を読んで想像したままの「よし君」だったよすごいよ。
設定が変わっているのでまずは映画のあらすじから紹介しよう。絵本専門書店で働く桐本月菜(久保史緒里)は、絵本作家の水島良城(三山凌輝)と同棲している。ふたりは学生時代からの付き合いでお互いを大切に思っているが、良城は強迫性障害による潔癖症のためすべてのものをビニール手袋やラップ越しにしか触れず、恋人の月菜と手を繋ぐことすらできずにいた。
そんなある日、月菜は店にスマホを忘れた韓国人のイ・ジェホン(ファン・チャンソン)と知り合う。積極的に月菜にアプローチするジェホン。一方、カウンセリングのために訪れた病院で同じ症状に悩む村山千春(穂志もえか)と遭遇。「わかってくれる人がいる」という嬉しさから交流を深める二人に、月菜は平静でいられず……。
というのが映画の導入部(今気づいたけど、良城ってRYOKIとも読めるじゃないか)。物語の流れや登場人物の心情の変化は基本的に原作通りだが、前述したように主要人物の年齢が異なる。その他にも細かい違いが多々あったので、次は原作小説を見ていくよ。
イラスト・タテノカズヒロ
■一方原作はリアルな大人の問題が山積!
原作小説の月菜は33歳、絵本専門書店の経営者だ。絵本作家の良城と結婚して8年になる。結婚当初は子どもを欲しがっていた良城だったが、強迫性障害を発症してから7年間、ふたりの間に触れ合いはない。そのことに悩む月菜は、病院の待合室で良城が同じ症状の千春と楽しげに会話しているのを見て、強い疎外感を覚える。そんなとき、店に携帯電話を忘れたことがきっかけで知り合ったバーテンダーの榎克麻から連絡が来て……。
まず最大の違いは、原作では月菜と良城はすでに結婚しているということ。同棲だった映画とはここが決定的に違う。何が違うかというと「子どもをどうするか」という問題が浮上するから。現実的な切実度がぐっと上がるのだ。月菜は別に子どもはいなくてもいいと思っているが、良城は欲しがっている。にもかかわらず、子どもができない原因が良城の方にあって、それが潔癖症の引き金になったという設定だ。映画では職場での人間関係が原因と改変されていた。
そしてもうひとつ、良城の母親が孫の誕生を急かしているという設定がここに加わる。結婚して8年経っても子どもができないのは、月菜が仕事を辞めたくないから作る気がないのだと義母は思っているのだ。そのため原作では義母に月菜が責められる場面がある。一方映画では月菜は店員に過ぎず、書店は良城の祖父(酒向芳)の経営になっていた。原作で月菜が義母に責められるシーンの代わりに入れられたのは、潔癖症で仕事を辞めた良城を祖父が詰(なじ)るという場面だ。
こうして比べてみると、主要人物の年齢を下げた理由がよくわかる。子どもの問題が入ってくると、ふたりだけの話ではなくなるのだ。大袈裟にいえば社会の問題になる。また、どうしても子どもが欲しいのなら体外受精という手段だってある。そういったあれこれを排して、ただ「愛しているのにわかり合えない」というテーマに純化しようとしたのではないか。
こう考えたのには、もうひとつの大きな改変も理由になっている。映画のジェホンは、これまで人を愛したことがない、でも月菜に対して初めて気持ちが動いたという設定だった。しかし原作で彼に相当する榎克麻はゲイだ。それゆえに差別も受けてきた。そんな克麻が初めて愛した女性が月菜だった。「初めて愛した女性」という点は同じだが、その背景が異なる。これも原作通りにすると情報が多くなりすぎるという理由で改変されたのではないだろうか。
■愛に純化した映画、社会のノイズを取り入れた原作
他の細かい改変も、「愛しているのにわかり合えない」というテーマを考えれば腑に落ちる。たとえば良城と同じ症状に悩む村山千春。実は原作の千春は映画よりあざとい。はっきり月菜に宣戦布告してくる場面もある。映画でも彼女の思いはほのめかされてはいたが、それよりも周囲の目を気にせずにふたりでカフェのスプーンを除菌ティッシュで拭ってから食事する場面や、泣きじゃくる良城を慰めたいのに触れるのを躊躇する場面などが入ることで、「わかり合える」とはこういうことかと観る者を納得させた。このふたつの場面は映像ならではだったなあ。
また、月菜の親友の早智子(映画では永田凛さんが演じた)は、原作ではさらに奔放で、無責任かつ際どい発言が多い。つまり千春も早智子もベースは原作通りなのだが、原作よりキャラクターがややマイルドになっており、「わかり合えない」辛さと「わかり合える」喜びがより伝わるような場面が加えられていた。
だがそれらは、原作でももちろん味わうことができる。むしろ映画で削ぎ落とされたさまざまな問題は、より三人のおかれた状況をリアルに、切実に、かつ生々しく読者に伝えるはずだ。月菜も良城も克麻も千春も、大人であるがゆえにそれぞれに自分の世界を持っている。その上で、「自分と異なる他人」をどこまで理解できるか、理解できなくても愛せるかを問い続ける。
なるほど、映画ではここをカットしたのか、ここを強めたのか、と確認しながら原作をお読みいただきたい。原作の設定だからこそ伝わること、映像だからこそ伝わること、それぞれのいいところがはっきり浮かび上がるぞ。そして原作も、年齢は違っていても三山凌輝さん・久保史緒里さん・ファン・チャンソンさんのまま脳内再生してまったく問題ないくらい、イメージはぴったりだ。
映像だからこその場面としては、前述した千春との場面の他に、後半の雨のシーンを挙げたい。月菜の靴が脱げて……というのは原作にもある大事な場面だが、映像で見ると「うわあ、潔癖症なのに!!!」というインパクトがさらに強まる。それにしてもあんな状態の二人を無視して通り過ぎる周囲の人々、冷たすぎやしませんかね。
あ、映像ならではの場面がもうひとつあった。良城の絵本のモジャの絵が! 何あれサイコーに可愛い。グラフィックデザイナーのサンタさんの手によるもので、いやもうべらぼうに可愛い。射抜かれた。映画に登場した絵本やモジャがあしらわれたトートバッグも売られてるが、ぜひモジャでもっとグッズ展開を!
大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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大矢博子
- 書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。