橋本愛主演、中川大志出演「早乙女カナコの場合は」映画で削除された重要要素と引き継がれたテーマを解説 「こうあるべき」に反旗をひるがえした女たち
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は「イメージの呪いを解く」この映画だ!
■橋本愛・主演、中川大志・出演!「早乙女カナコの場合は」(日活/KDDI・2025)
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- 早稲女、女、男
- 価格:836円(税込)
わあ、あの毒や自虐がたっぷりの原作がこんなキレイな恋愛&シスターフッド映画になるとは! そうか、原作のアレをカットするとこんなに変わるんだな……と感慨に耽ってしまった。原作は柚木麻子『早稲女、女、男』(祥伝社文庫)。ストーリーは原作に添いつつも構成や設定を大きく変えているので、まずは映画のあらすじから紹介しよう。
大学に入学した早乙女カナコ(橋本愛)はサークルの新入生勧誘イベントでの出来事をきっかけに演劇サークル「チャリングクロス」に入り、脚本家志望の先輩・長津田啓士(中川大志)と付き合い始める。だが卒業・就職に関する考え方の違いでふたりの間に溝ができ、そのタイミングで長津田にアタックをはじめた別の大学の本田麻衣子(山田杏奈)の存在もあって、ふたりの関係な微妙なものに。
出版社の内定をもらったカナコは、そこで働く先輩の吉沢洋一(中村蒼)から好意を寄せられるも、長津田を思い切ることができない。さらにカナコは知らないことながら、カナコの営業部での研修を担当したのが吉沢の元カノで、今も吉沢に未練たっぷりの慶野亜依子(臼田あさ美)だった。はたしてこの5人の思いはどこへ向かうのか──。
というのが映画の設定である。ベースだけ見れば、ストーリーそのものは原作と同じだが、原作は視点人物の異なる6つの章で構成されており、5人の女性が早乙女カナコを語り、カナコ視点の最終章が置かれるという構成になっている。各章は視点人物自身の物語を描く短編になっていてそれぞれテーマが異なり、連作短編の形式をとっているのが特徴だ。
前述の本田麻衣子や慶野亜依子も原作ではそれぞれ章を担う視点人物のひとりだ。また、映画でカナコの親友として登場した立石三千子(根矢涼香)も原作では視点人物のひとりとなっている。他にカナコの妹と、旅行先でカナコと出会う女性の章があるが、これは映画ではカットされている。ただし妹の章のエピソードは映画の麻衣子の行動に活かされた。
イラスト・タテノカズヒロ
■原作と映画、ここが大きく違う!
映画の大きなポイントになっているのは、カナコ、麻衣子、亜依子という個性の異なる3人の対比だ。しっかり者だが恋愛には不器用なカナコ、女らしさを前面に出してくる麻衣子、何事もしっかり計画を立ててそこからはずれることを恐れる亜依子──というのはかなり乱暴かつ一面的な見方だが、とりあえず彼女たちは「そういうキャラ」としてまず描かれる。
カナコは麻衣子にとっては長津田を巡るライバルだし、亜依子にとっては恋人を奪った相手だ。ともに最初はカナコをライバルとして強く意識するが、それが次第に変わっていき、最終的には恋愛どうこうではなく一対一の人間として連帯を結ぶようになる。カナコが何をしたというわけではなく、カナコという存在を触媒として麻衣子や亜依子は自分を見つめ直し、変わっていくのだ。それこそが映画の、そして原作でも、大きなテーマだ。
と書くと、構成は変えたにせよ大筋は原作通りなのではと思うかもしれない。いやいや、実は原作を大きく変えた部分があるのである。原作では、彼女たちが所属する(した)大学がすべて実名で出ており、その大学の女性に対して世間や自分たちが抱くイメージが物語の重要な要素になっているのだ。
たとえば原作のカナコは早稲田の学生、いわゆる早稲女で「融通がきかない、男っぽい、闘志剥き出し」と評される。同じように、麻衣子は日本女子大、亜依子は慶應。三千子は立教、映画には登場しないカナコの妹は学習院、旅行先で出会う女性は青山学院だ。そしてそれぞれ、この大学のテイストはこんな感じという世間のイメージを具現化したキャラクターで登場する。また、女性を見た目でオーディションするサークルにも実在の大学名が被せられている。
当たり前だが、たとえ何らかの傾向はあるにせよ、所属する学生がすべてそのイメージ通りなわけはない。そこを敢えて「いかにもその大学」というキャラ付けをしているのは、反語的に「イメージで判断するな」というメッセージなのだ。各話の主人公は皆、最初は「イメージ通り」に行動する。だが次第に「自分は自分」という生き方を見つけていく。その上で、手を取り合うのである。
これが柚木麻子が原作に込めたテーマだ。大学のイメージというモチーフを使ってはいるが、これはつまるところ「女はこう」「男はこう」引いては「この地域/国の人はこう」「この属性の人はこう」という安易な決めつけと押しつけへの反旗に他ならない。そのための実在の大学名なのだ。
■大学名を架空にした映画ではテーマをどう描いた?
だが映画での大学名はすべて架空のものになっている。大学のカラーを思わせるような描写もほとんどない。パンフレットのプロダクションノートによれば、企画段階で〈多様性の時代に合わせ、原作で重要な要素だった「各大学のあるある」をカットすることに決定。「早稲田大学」など大学名を出さないことになり〉と記載されている。
映画が始まってすぐに、大学名が架空であることに気づいた。そのとき「大学イメージをネタにした毒とそこからの脱出が原作の醍醐味なのになあ」と、ちょっとがっかりしたことを告白しておこう。だがその心配は杞憂だった。たしかに大学イメージにまつわる毒は消えていたが、ルッキズムに翻弄され、「好まれる女性像」にこだわる麻衣子、「何歳までに結婚」にこだわる亜依子をしっかり描くことで、「女はこう」というイメージの呪いとそこからの解脱がしっかり描かれていたのだ。
大学というわかりやすくてちょっと笑える「イメージ」を排除したことで、今を生きる人に降りかかるさまざまな呪いがより正面から描かれた、と言っていい。その分、恋愛映画としての純度が増したように思える。原作のカナコと長津田の恋は、それもまたそれぞれに課せられた呪いからの脱却を描くための要素だったが、映画では恋愛部分により焦点が当たっていた。いやはや、これってこんなロマンチックな話だったのか!
女性3人のシスターフッドを描く中で、原作にはないセリフが挿入されていたのも興味深い。たとえばカナコが就職して6年後、30代後半になった亜依子が卵子凍結を決意する場面は原作にはない。これは女性の選択肢が増えたことの象徴だ。また、プロダクションノートによれば、電子書籍より紙の本が好きというセリフに対して橋本愛が、障害を持つ人にとって電子書籍は素晴らしい文化だと指摘し、「電子書籍も便利ですけど」とセリフが変更になったという。大学イメージというモチーフはなくなっても、決めつけを排除して自分で生き方を決めるという原作のテーマはしっかり引き継がれているのだ。
そうそう、人気作家・有森樹李役でのんが出ていることにも触れておかねば! 前にこのコラムでも紹介した、同じ柚木麻子原作の「私にふさわしいホテル」の主人公である。映画で主演したのんが、そのままの役でこちらにも登場(原作にも有森樹李は登場する)。「私にふさわしいホテル」では橋本愛が書店員役で出演しており、彼女の役柄こそ違うものの、世界がつながっている感じがした。のんの書いた小説を橋本愛が編集して橋本愛が売るという世界が、スクリーンの中にはあるのだ。「あまちゃん」で最高のシスターフッドを見せてくれたふたりがシスターフッドがテーマの映画で共演するという、ファンには嬉しい一幕である。
大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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大矢博子
- 書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。