大矢博子の推し活読書クラブ
2025/05/14

大森元貴、菊池風磨主演「#真相をお話しします」五つの短編をどうやって長編映画に? 超絶技巧でまとめあげた映画に感心! 原作を先に読むべき理由とは

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

 推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は短編集を1本の物語に再構成したこの映画だ!

■大森元貴、菊池風磨・主演!「#真相をお話しします」(東宝・2025)


 いやあ驚いた。そして楽しかった。感心した。だって原作を読んでいても映画の行き先がわからないんだもの! 真相は知っているはずなのにドキドキしながら見ちゃったよ。

 原作の結城真一郎『#真相をお話しします』(新潮文庫)は、五つの短編で構成されている。それぞれの作品につながりはなく、すべて独立した物語だ。登場人物も違えば舞台も違う。それを映画にするということは、表題作だけ扱うんだろうなと思っていた。ところが全然違った。映画は原作5作のうち4作を1本に仕立ててきたのだ。

 まずは原作から紹介しよう。「惨者面談」は、家庭教師派遣会社で営業のバイトをしている大学生が、訪れた家庭での異変に気づく物語。「ヤリモク」は、マッチングアプリで知り合った女性の部屋に行ったところ、それが罠だと気づいた男性の話。「パンドラ」は、不妊治療の末にようやく我が子を授かった父親のもとに、かつて自分の精子を提供したことで生まれたという少女が訪ねてくる。「三角奸計」は、リモートの飲み会の最中に、自分の彼女と浮気した相手を殺しに行くと言い出した友人の話だ。

 そして掉尾を飾るのが「#拡散希望」。子どもが4人しかいない島で、そのうちひとりがiPhoneを手に入れたところから物語が始まる。初めて見るスマホに盛り上がる子どもたち。しかし、ある事件を境に、島の人たちが彼らによそよそしくなって……。本編は第74回日本推理作家協会賞の短編部門を受賞するなど、高く評価された一作だ。

 いずれも非常に切れ味の鋭い、逸品揃いの短編集である。不穏な空気がじわじわと増していき、最後に意外な方向から矢が飛んできて真相が明らかになる。このブラックなどんでん返しのテクニカルなことといったら!

 映画は収録作のうち「パンドラ」を除く4作を1本に再構成してきた。そのやり方が面白い。これまでこのコラムで紹介した映画にも短編集を1本にまとめた「アイミタガイ」や「少年と犬」という例はあったが、それらはいずれも、登場人物が共通していたり通底するテーマがあったりする連作短編だった。だが、今回はまったく無関係な短編4本を合体させたのである。どうやって? 入れ子構造にしたのだ。


イラスト・タテノカズヒロ

■原作の短編を「劇中作」として見せた構成に唸る!

 映画はどのような設定になっているか。ビルの警備員である桐山(菊池風磨)が一攫千金を狙って、人気暴露チャンネル「#真相をお話しします」にエントリーするところから始まる。ランダムに選択された視聴者が匿名で、有名事件の裏側や有名人のゴシップなどとっておきの話を暴露し、それによって投げ銭を得ることができるというチャンネルだ。視聴者は膨大で、そのため投げ銭の金額は300万円に達することもある。

 チャンネルの管理人はサテツ(岡山天音)という青年。今夜彼が最初に選んだのは、まず家庭教師会社の営業をしていたときの話をするサラリーマン。続いてマッチングアプリに潜む罠について語る若い女性が選ばれた。ある事情からなんとしてもお金が欲しい桐山が懸命に祈る中、ついに彼の名前が呼ばれ、桐山は緊張しながら自分が体験したリモート飲み会の惨劇を話し始める──。

 この「#真相をお話しします」という暴露チャンネルの設定は映画オリジナル。そして前述の「惨者面談」「ヤリモク」「三角奸計」が、この暴露チャンネルで語られる体験談の体裁で登場するのだ。なるほどなあ、これなら独立した話をそのまま入れ込むことができるわ。

 この3話はどれも原作に忠実で、特に「惨者面談」で営業マンを迎えた主婦(桜井ユキ)、「ヤリモク」で若い女性の部屋に行った中年男性(伊藤英明)、「三角奸計」で恋人の浮気を詰る青年(伊藤健太郎)という芝居巧者の三人がすごい。それぞれの話の持つ不気味さをとてつもなく膨らませている。こっちは原作を先に読んでるので、その怖さも最初から2倍増しだ。

 と、入れ子の中身はそれでいいとして。問題は「#拡散希望」である。うーん、これは紹介が難しい。というのも、原作既読組はすでにお察しだと思うが、最初から「サテツ」という青年が登場していること、そして映画の序盤で昔人気だった「ふるはうす☆デイズ」というチャンネルの話が頻繁に出てくることから、映画では「#拡散希望」が半ばネタバレされた状態で始まるのである。そして三つの作中劇を覆うように、「#拡散希望」が映画全体の真相へとつながっていくのだ。

 というわけで、今更ではあるが、小説は一切ネタバレなしで読みたいという方は、原作を先に読んでおくことをお勧めする。たとえ原作を知っていても映画は充分楽しめる。なんせ映画には原作の「先」があるんだから。

■映画オリジナルの設定に込められたメッセージ

 映画のキモは、桐山の友人である鈴木(大森元貴)だ。当然、原作には登場しない──とも言えないが、えっと、まあ、ひとまず、登場しないと言っていい……と言えないこともないような気がする(奥歯にモノを挟めるだけ挟んだ言い方)。てか、役者の経験なんてほとんどないはずのミュージシャンがいきなり映画で主演して、なんでこんなに雰囲気あるんだこの人……。はじめは「ニノさん」とかで風磨くんやニノと楽しそうに絡んでいるときの様子を彷彿させながら見てたけど、それとはまったく別の「俳優・大森元貴」が少しずつ滲み出て終盤一気に迸(ほとばし)るのには驚いた。

 あっ、「ニノさん」といえば、いやあ、出てましたね。声だけ。事前に知らなかったら絶対気づかなかったと思う。そのときも「これかな?」とは思ったけど今ひとつ自信が持てなかったさ。気付きました? いつか配信されたらその箇所だけ擦り切れるほどリピートして確認したい。

 閑話休題。鈴木はビルの警備室にいる桐山にビールを差し入れし、一緒に暴露チャンネルを楽しむ。だが桐山の暴露が終わった後で、事態は大きく動く。ここからは原作読者もまったく知らない展開だ。いや、知ってるんだけど、知っている範囲で収まらないのである。「#拡散希望」が原作にほぼ忠実な状態で再現された、その「後」がここからのメインだ。

 この映画のポイントは、原作には描かれなかった「その後」である。桐山はなぜ「三角奸計」事件のあとで転職したのか。ここではイケイケの商社マンだった頃の桐山と現在の桐山を演じ分ける風磨くんに注目願いたい。また、サテツはなぜ暴露チャンネルの管理人をしているのか。「惨者面談」を語るサラリーマンや「ヤリモク」を語る女性が他人の過去を暴露して投げ銭を得た、「その後」に何が起きたか。

 原作の登場人物の「その後」を描くことにより、映画のテーマが浮かび上がる。誰かの秘密を、何かの裏話を、面白おかしく消費する生活への警鐘だ。消費される側の思いは潰され、無視され、ときには嗤われ、さらに消費されていくことへの警鐘だ。

 これはもともと原作「#拡散希望」のテーマでもあるが、それを映画では他の3作にも広げて、よりダイレクトに、より強めて、視聴者にぶつけてきた。原作にはない設定の「枠」を作って劇中作という形で短編を入れ込んだのは映画独自の工夫だが、それは単に短編をひとつにまとめる演出というだけではなく、最も大事なテーマにすべて収斂させるという超絶技巧だったのである。いやあ、感心した。

 原作の「#拡散希望」はそれだけで完結した、ブラックかつ衝撃的な短編だ。だが読者は誰もが思ったのではないだろうか。彼らはこのあとどうなったんだろう、と。それをこの映画で観ることができるのだ。そういう意味でも原作を先に読んでおいた方が、楽しむ要素が増えるのではないかと思う。いわば原作という材料で作った料理がこの映画なのだ。生で食べても美味しい材料だけど料理になったときの味わいはひとしお。「この人が、あの!?」といった驚きも、材料を知っている原作既読組ならではの楽しみだぞ。

大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

連載記事