大矢博子の推し活読書クラブ
2025/07/16

そういえば誰もがマスクだった…… 2020年の青春を描いた桜田ひより主演「この夏の星を見る」映画にはなかったエピソードを原作から紹介

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 推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は近くて遠いあの日々を描いたこの映画だ!

■桜田ひより・主演、水沢林太郎、黒川想矢・出演!「この夏の星を見る」(東映・2025)


 原作は辻村深月の同名小説『この夏の星を見る』(角川文庫)。2021~22年に新聞連載された後、2023年に単行本化。それが今年映画が公開されたわけで、かなりのスピードだったことがわかる。なぜここまで素早く動いたのか。それは観る人たちが「この夏」の記憶を薄れさせてしまう前に、という思いゆえだ。

「この夏」とは2020年の夏を指す。コロナ禍でそれまでとまったく違う生活が強制され、あらゆる機会が失われたあの夏。物語は茨城、東京、長崎の五島という3箇所で暮らす中高生たちが主人公だ。

 夏合宿が中止になり部活動にも制限を受けた茨城県立砂浦第三高校の天文部員の亜紗。望遠鏡で星を捉える速さを競うスターキャッチコンテストも今年は開催できない。渋谷区立ひばり森中学校に入学した真宙は学年で男子が自分ひとりだと知り、登校したくなくてコロナ禍が続くことを願っている。長崎の五島列島で暮らす泉水高校3年生の円華は家業の旅館が島外からの客を受け入れていることから近所で悪口を言われ、親友にも距離を置かれてしまう。

 それぞれの理由で悶々としている三人が、あるきっかけからつながる。スターキャッチコンテストをオンラインでできるのでは? 砂浦第三高校の天文部が主導し、真宙は理科部に誘ってくれた同級生や部の先輩と、円華はひとりぼっちのときに天文台に誘ってくれた離島留学生の仲間たちと、それぞれ望遠鏡の製作に挑む。リモートでの交流を通して、彼らの間にさまざまな結びつきが生まれ……。

 というのが原作・映画に共通するあらすじだ。細かい設定を変更したり原作からカットされたエピソードがあったりはするが、話の流れは基本的に原作通り。脚本を担当された森野マッシュさんが辻村深月作品の大ファンだそうで、作品のマインドを完璧に吸い上げた映画になっていた。


イラスト・タテノカズヒロ

■映画ならではのポイントをチェック!

 映画を見て感心したのはスターキャッチコンテストだ。このコンテスト、小説で読んだ時は「細かいことはよくわからないけど、望遠鏡で目当ての星を探すんだね?」くらいのふんわりした理解だった。その程度の理解でも小説から伝わる興奮や喜びはたっぷり味わえたので気にしてなかったのだが、映画を見て初めて「こういう競技なのか!」と目から鱗が落ちたね。

 実はこの場面、原作から少し改変されている。ルールが原作と映画で違うのだ。映画ではまず望遠鏡を北極星にスタンバイし、星の名前がコールされたら即座に望遠鏡を動かしてそれを探すというスピード勝負になっていた。これがよかった! コールされた星が導入(望遠鏡の視野に入れること)できたら声を上げる。他校の声が聞こえたらそこで作業ストップして審判員の判定を待つ。コールされた途端に一斉に望遠鏡を動かす生徒たちの動き、タッチの差で決まる勝負、オンラインなのにその臨場感たるや。

 複雑なルールを説明するための工夫も映画ならではだった。ルールを知らないひばり森中学のために、砂浦第三高校は天文部員がそれぞれ木星や土星、太陽に扮したコスプレをして、望遠鏡の形に画角を切り抜いたスマホをオンラインでつないで説明するのである。「望遠鏡は上下反対に見えますからスマホを逆にして見てください」という細やかな説明!

 だがそれらとは別に「映画ならでは」と感じたのは、登場人物が全員マスクをしていることだった。机の前のアクリル板。「黙食」と書かれた貼り紙。閉まっている飲食店。無責任なデマや中傷。中止になった部活の大会や修学旅行。泣いている友達をハグすることすら躊躇ってしまう様子。情景のひとつひとつが「あの年」を思い出させる。何のために頑張ってきたのか。いつになれば終わるのか。「これ以上私たちから何も奪わないで」という高校生の悲鳴。たった5年前だ。けれどすでに私の中で、あの1年は薄れかけていた。それを突きつけられた。忘れてはいけないと、強く刺さった。

 あの1年で、確かに私たちは多くのものを失った。二度と来ない青春をステイホームで奪われた中高生にとっては尚更だ。そしてそれを歯痒く思い、なんとか子どもたちを助けたいと足掻く大人の姿も物語に登場する(子どもの話に見えて、実は大人の責任を描くのが辻村作品の特徴だ)。だが同時に、あれがあったからこそ得たものもある。原作には、スターキャッチをオンラインでやることになったからこそ生まれた、新たな結びつきや化学反応が描かれていた。映画ではカットされていたが、その中からふたつ紹介したい。

■原作で味わってほしい、カットされた名場面

 ひとつは3校がオンライン会議をしているときのこと。映画ではみんな学校にいたが、原作は夜に自宅からの参加だった。皆の自室の様子が背景に映る。そんな中、会議中はずっと黙っていた中学生の真宙が突然、五島の男子高校生に話しかけるのだ。後ろにある本は『日本きのこ大全』ではないか、僕も同じ本を持っている──と。そこからふたりのきのこ談義が始まるのである。

 もうひとつは、次のオンラインでの打ち合わせは8月9日の午前中でどうかと提案した砂浦第三高校に対し、五島の生徒が「その日は平和学習の登校日」と返すエピソードだ。8月9日が長崎にとってどんな日か。知識としては知っていたはずなのに、自分がそれに気づかなかったということに他の2校の生徒はショックを受ける。そして、画面の向こうの五島チームが本当に「長崎」なんだと、あらためて考えるのだ。この場面は、そこから続く五島の子の話や先生たちの話も含めて、ぜひ読んでほしい。

 最初の例は、離れた場所の人でも同じ趣味を通じて親しくなる例だ。茨城と五島の、それぞれの吹奏楽部員にも同様のつながりができた。翻って後者は、地域によって考え方が違うことを知る例だ。そしてどちらも、「それを知ることができた」という事実が、彼らを成長させていく。映画ではスターキャッチに特化してそれ以外のつながりはカットされたが、むしろ私は、オンラインが急速に発展したあの1年に、離れた場所にいる人たちがさまざまなことでつながっていく過程こそ、この物語の主眼に思えた。

 ところで今回の映画でつくづく感じたのは「マスクって顔を隠すんだなあ」という当たり前の事実だった。真宙役の黒川想矢さんを見て、「あれ? この子どっかで見たぞ?」と思っていたのだが、マスクをとった場面で「あ、『国宝』の吉沢亮の子ども時代の子だ」とようやく認識したし、五島の高校生を演じた和田庵さんがNHKの朝ドラ「虎に翼」の道男役の子だと気づいたのもだいぶ後になってからだった。

 考えてみれば、顔の半分をマスクで隠した状態で演技しなくてはならないというのは、役者さんたちにとってはたいへんな苦労だったのではないかしら。目と声だけで泣いたり怒ったり喜んだりを表現するって! なのに、亜紗役の桜田ひよりさんも、その同級生役の水沢林太郎さんも、他の生徒たちも、目と声だけでがっつり泣かせてくれたよ……。

 そうそう、原作にはない映画オリジナルのセリフで印象に残ったものがある。ある生徒が言った「無課金で楽しめる星、マジ推せる」だ。まさに令和らしいセリフではないか。この物語は普遍的な青春小説ではなく、あの夏の、2020年の子どもたちの話なのだとしっかり伝わる一言だった。脚本の森野さんのファインプレーだ。

大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。

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