圧巻の映像に魂を奪われた! 妻夫木聡主演「宝島 HERO’S ISLAND」改変も腑に落ちた映画版 原作で注目すべき「語り手」とは
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、記念すべき第200回は沖縄戦後史を圧巻の映像で見せてくれたこの映画だ!
■妻夫木聡・主演、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太・出演!「宝島 HERO’S ISLAND」(東映/ソニー・ピクチャーズ エンターテインメント・2025)
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- 宝島(上)
- 価格:924円(税込)
圧倒的な3時間11分だった。見終わったとき、魂(マブイ)を映画に搦め捕られて呆然とした自分と、何かしなくちゃと焦る自分がいた。『国宝』のときにも思ったが、確かに3時間と聞けば長いのだけれど、それだけの尺を使わなければ描けないこと、伝えられないことというのは確固としてあるのだ。
1952年、コザ(現・沖縄市)で物語は幕を開ける。米軍基地から物資を奪って住民らに分け与える「戦果アギヤー(戦果を挙げる者)」と呼ばれる者たちがいた。彼らの今度の狙いは嘉手納空軍基地だ。しかし米兵に見つかってしまう。散り散りになって逃げる中、リーダーのオンちゃんがその日以来消息を絶った。
それから6年。オンちゃんの親友でどうにか逃げ延びたグスクはオンちゃんを探すために刑事になった。オンちゃんの弟のレイは嘉手納基地で逮捕され服役、出所後は兄の背を追うようにヤクザになった。オンちゃんの恋人のヤマコは、オンちゃんの戦果で建てた小学校の教師になった。オンちゃんは生きているのか。どこに行ったのか。三人がオンちゃんの面影を抱きながら生きた歳月が、アメリカ統治下の沖縄戦後史とともに描き出される──。
原作は真藤順丈『宝島』(講談社文庫)。2018年に刊行され、第9回山田風太郎賞と第160回直木賞を受賞した。原作はグスクら戦果アギヤーたちを描いた1952年から54年にかけての第一部、三人がアメリカでも日本(ヤマトゥ)でもない沖縄の立場を思い知らされる1958年から1963年にかけての第二部、本土復帰の機運の中で沖縄の軋みが高まる様子を描いた1963年から72年の第三部という構成になっている。
ここで描かれるのは、故郷を奪われた人々の物語だ。真藤順丈の筆は、沖縄戦後史の大小さまざまな事件を取り入れながら、沖縄の人々がどのような状況に置かれていたのかを容赦なく抉り出していく。1955年に起きた米兵による幼女強姦殺人事件、1959年の米軍機小学校墜落事故、1969年の毒ガス漏洩事故、そして1970年の糸満主婦轢殺事件に端を発したコザ暴動。日本は沖縄の人々を守ってくれず、本土返還が決まっても基地は残る。何も変わらない。ただ搾取されるだけの忍従を強いられた日々に、彼らは声を上げ始める──。

イラスト・タテノカズヒロ
■映画と原作で構成が異なる第三部に注目!
原作第一部と第二部については省略されたエピソードはあるものの、基本的に原作通りに話が進む。ここで原作で確かめてほしいのは、レイの刑務所での日々だ。映画では「あの暴動でレイが先頭に立った」というグスクのセリフと短いカットバックだけで終わっていたが、これは1954年に起きた沖縄刑務所暴動事件のこと。沖縄人民党の瀬長亀次郎が収監されたことで刑務所内が動き出す。その様子が小説では詳しく綴られる。
何か事件が起きる度に、米兵は守られ、沖縄人は抵抗すらできない。そんな事例を著者は史実とフィクションを絡めながら続けざまに打ち出してくる。フィクションの殺人を描きながら、それに似た現実の事件や沖縄戦の回想を重ねて綴る。ヤマコが参加したデモの詳細も綴られる。だからこそグスクのジレンマもヤマコの懊悩もレイの焦燥も「本当にあったこと」として読者に伝わるのだ。第一部から二部にかけては映画を補完するサブテキストとして原作が威力を発揮するぞ。
興味深い改変が見られたのは原作でいえば第三部だ。大筋では同じなのだが、かなりエピソードが変更・または大胆に省略されている。終盤なので具体的には書けないのだが、たとえば映画では未遂だったレイプが原作では完遂(?)されたこと、ある人物の死のタイミングが異なること、意外な黒幕の存在、ラストシーンなどなど、かなり違うので映画を見た人もぜひ原作を読んでほしい。特にグスクの結婚については多くの人が「なんで!?」と思っただろうが、その経緯やその後の展開も原作で語られる。グスクは原作では警察を馘首になって探偵事務所を開くんだよ。
最も印象的な改変は、コザ暴動(20分にわたって描かれたこの場面は本当にすごかった。溜まっていたマグマが出口を見つけて奔流のようにほとばしる熱気といったら! 原作のこの場面もすごいんだよ)の夜の、嘉手納基地でのレイとグスクの言い争いだ。映画のクライマックスであり、この物語の中核を為すテーマを真正面からぶつけてきた場面である。
でもね、あの場面の中で最も大事な会話──この社会は変わらない、暴力的な手段に訴えても抵抗を主張するレイと、人間はそんなにバカじゃない、20年後、30年後はもっと良くなると信じるグスクの会話は、原作には存在しないのよ。
いや驚いたね。こんな会話を加えたんだ、と映画館で前のめりになった。原作にはないこのふたりの舌戦は、でもきっとこういう議論をふたりはしたかったんだとすんなり腑に落ちた。さまざまなエピソードをカットし、コザ暴動から嘉手納基地の夜にたっぷり時間を割いた、そこでこぼれ落ちたものがすべてこの場面のふたりの言葉に濃縮されていたのだ。
■原作は語り手に注目して読むべし
もうひとつ、どうしても映画では再現できなかった原作ならではの趣向がある。語り手の存在だ。原作の地の文は軽やかなウチナーグチ(沖縄言葉)を混ぜながら、時には登場人物に語りかけるように、時には登場人物の行動にツッコミを入れるように、時には読者に状況を説明するように、軽やかに進む。これは誰が喋ってるの?
まもなくその謎は解ける。地の文の中に「われら語り部(ユンター)のあいだでも」「われら語り部としても」といった言葉が時々出てくるのだ。しかも彼らはあらゆることを俯瞰し、知っているらしい。つまりこの語り部とは、沖縄の地霊たちの集合体なのだ。地霊たちがグスクやヤマコを見守りながら、ウチナーグチで沖縄を語ってくれる。この文章こそ、本書の最大の発明だ。そしてこの設定が最後に大きな意味を持つ。語りの円環が見事に閉じるラストを小説で味わってほしい。
語り手部分の再現はなかったが、原作の持つ熱と強さを脚本は実に上手く凝縮していたし、50年代~60年代の沖縄の風景も、そこで20年近くの歳月の流れを体現した役者さんたちもすごかった。オープニングの戦果アギヤーのときのグスク(妻夫木聡)とレイ(窪田正孝)は本当に10代に見えたし、そこからの成長の見せ方といったら! 10代のヤマコ(広瀬すず)は無邪気だったのに、米軍機墜落事故に巻き込まれたときやオンちゃんの去就を知った時の悲鳴のような慟哭にはただただ心を持っていかれた。
何より驚いたのはオンちゃん(永山瑛太)だ。リーダーだよ、紛れもなくこの人はアギヤーたちのリーダーで、いなくなってもずっと彼らの支えになった人だよ、と頷いてしまう説得力よ! 永山瑛太さんて、こんな逞しい人だっけ? なんとなく線の細い、どちらかといえば草食系文化系おしゃれ系男子のイメージだったんだけど、見事に粉砕してくれた。一方、戦争孤児としてレイやヤマコと交流を持つウタを演じた栄莉弥さんは原作のイメージ通り。これが俳優デビュー作だそうだが今後が楽しみだ。
個人的に注目したのが通訳の小松を演じた中村蒼さん(そういえば「宙わたる教室」では窪田正孝さんの盟友役だった)。大河ドラマ「べらぼう」の呑気なお兄ちゃん役で人気の中村さんだが、今回はばりばりのインテリ役。彼の流暢な英語が聞けるぞ。そして何はさておき、中村蒼さんのファンは原作を読むべし! 原作の小松にはまだまだ驚くような秘密があるんだよー。
また、原作と映画のあとは『英雄の輪』(講談社)もぜひ。戦後の沖縄を舞台にした短編集で、「家族の唄」はウタの話、「ナナサンマル」は本土復帰後のヤマコとグスクの話だ。他にも名前は出ないが「これグスクだな?」という人物が出てくる短編もある。その後の彼らが気になっている人は必読だ。
大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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大矢博子
- 書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
































