大矢博子の推し活読書クラブ
2025/11/19

文句無しに今年を代表する作品! 山田裕貴主演、佐藤二朗・伊藤沙莉出演「爆弾」キャスティングもセリフも完璧! 原作リスペクトがすごすぎる それでも原作を読むべき理由とは

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 推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は取調室の怪演が圧巻だったこの映画だ!

■山田裕貴・主演、佐藤二朗、伊藤沙莉・出演!「爆弾」(ワーナー・ブラザース映画・2025)


 めっっっっちゃくちゃ面白かった! そりゃもう面白かった。原作好きの私をして120%満足せしめた2時間だった。今年の邦画は「国宝」の記録的ヒットに全部持っていかれた感があったが、その後の「宝島」もこの「爆弾」も文句なしに今年を代表する作品で、同じ年の賞レースを争うことになるのがほんともったいない。何なのこの豊作。2025年は漢字2文字の映画が優勝する法則でもあるの?

 原作は呉勝浩の同名小説『爆弾』(講談社文庫)。2022年に刊行され、その年の年末に出た「このミステリーがすごい!」や「ミステリが読みたい!」などのランキングで1位を獲得した、いわば折り紙つきのミステリ・エンターテインメントである。

 酒屋の自販機を蹴り、止める店主にケガをさせたとして逮捕された中年男性。彼はスズキタゴサクと名乗り、それ以外は記憶喪失で何も覚えていないと、事情聴取をのらりくらりとやり過ごす。そのうち、自分に霊感があると言い出し、10時ちょうどに秋葉原で何かが起きそうだと告げた。そして10時。秋葉原で爆発が起きる。「私の霊感じゃあここから3度、次は1時間後に爆発します」──その言葉の通り、11時に東京ドームそばで爆発が起きた。

 それまで事情聴取を受け持っていた等々力に替わって特殊犯捜査係(映画では強行犯捜査係)の清宮と類家がスズキに対峙する。次はいつ、どこだ。しかしスズキはあくまで自分が仕掛けたわけではなく霊感だと言い張る。そして清宮にゲームを持ちかけた。会話の中に仕込まれた数々のヒントから、警察は次の爆発を止めることができるのか──。

 原作の魅力は何といっても、取調室で繰り広げられる丁々発止の頭脳バトルだ。スズキタゴサクがだらだらと続ける人を食ったような喋りの中に次の爆破予告が隠されており、暗号を解読するように類家はそれを分析していく。一方、外で爆弾を探し被害を食い止めようとする警官たちの奮闘も見逃せない。

 そもそもスズキタゴサクとは何者なのか。いったいなぜ彼はこんなことをしているのか。スズキの饒舌な喋りはいつしか刑事たちに、そして読者にも、ある選択を突きつけてくる──。


イラスト・タテノカズヒロ

■原作をとことんリスペクトした映像化に大興奮

 まず大前提として言っておくが、このコラムは映画と原作小説を比較し、どこがどう改変されていたかを(極力ネタバレせずに)紹介して、映画や役者さんのファンの皆さんに原作小説に手を伸ばしていただくことを目的としている。なのでいつもは、原作のこんなシーンがカットされてるから原作読んでね、とか、○○さんの演じたあの役は原作ではこんなふうに描かれてるからファンの人は確かめてみてね、てなことを書いてるわけだ。

 だが今回に関しては。いやもう私が原作の良さを紹介する必要なくない?と思ってしまうくらい、映画のすべてが原作リスペクトだった。たとえばパンフレットのインタビューを見てみると、類家を演じた山田裕貴さんは「呉先生が書かれた原作がとびっきり面白いんです。(中略)それぞれのキャラクター造形、物語の構成、なにからなにまで余すところなく面白い」と手ばなしで褒めてるし、スズキタゴサク役の佐藤二朗さんは「この面白さは、やっぱり呉さんが書かれた原作があってこそなんです。この小説が狂気じみてるほど面白い大傑作」と語っている。メインキャストふたりにこれだけ絶賛されてるんだから、もう私ごときが何をか言わんや。

 といっても本当に何も言わなかったら編集部のNさんがニコニコしながら詰めてきそうなので書くけども。山田さんは「(原作の)このセリフは絶対に入れてほしい」と監督に注文まで出したくらい読み込んでいるので、山田ファンは原作を読まないって手はないぞ。そして読んだら絶対驚く。ほんとそのまんまだから。原作の、あのスズキタゴサクのむかつく饒舌と類家のこれまたむかつく論戦を、ほぼ原作のまま再現してるから。これはすごい。

 ものすごく細かい改変はあるけど(原作では取り調べの撮影はしてなかったとか、伊藤沙莉さん演じる倖田巡査が新聞配達を追うシーンで一緒だったのは坂東龍汰さん演じる矢吹ではなく別の人物だったとか、原作の秋葉原の爆発はもっと小規模だったとか、一般市民視点のシーンがカットされてるとか)、基本的に95%原作通りだった。あまりにゲスいので変えるだろうと思ってた「不祥事」の中身も原作通りだったのには本当に驚いたよ。

 取調室の会話だけで膨大な量になるこの作品をどう2時間に収めたか。原作の「地の文」、つまり視点人物の心の声がカットされてるのだ。言い換えれば、この時、この人物は何を思ったか、それが説明されない。その代わりに役者さんたちが芝居でそれを伝えているのである。その上、山田さん佐藤さんだけでなくすべての人物が原作から抜け出たようなキャスティングで、いやあ、こんな完璧な映像化、ある?
 

■それでも頑張って探してみた、原作との違い

 とはいえ、地の文がないことで説明されないままの伏線がいくつかあった。たとえば序盤、渡部篤郎さん演じる清宮が取り調べの部屋を変えたいと提案するがスズキはそれを却下する。清宮はなぜ部屋を変えたかったのか? 倖田が取調室に入ってきたとき、寛一郎さん演じる伊勢刑事がカメラを倒したのはなぜか? また、聞き込みに来た刑事に対してある人物が「これから娘を送っていく(から帰ってほしい)」と言う場面がある。ここにも実は大きな意味がある。いずれも細かい点だが、原作では意味が説明されているので確かめてみよう。

 スズキタゴサクが出した暗号も、実は1カ所、原作から変えられている部分があった。「二つの夜の木曜」という言葉、これは原作では「夜が繰り返して橙色になるんです。それは決まって、木曜日です」となっている。原作の方が暗号としてはヒントが多い。

 実際、スズキの出す暗号は一度聞いただけでは解けるものではない(解けるのは類家くらいだよ!)ので、ここも原作で補完することをお勧めする。坂東龍汰さんは「謎解きとかなぞなぞ、クイズの類いが苦手なので」「頭が焦げるくらい混乱しました(笑)」とパンフレットで語っている。映画はテンポも速いので、ぜひ原作で復習してほしい。

 地の文=心の声がないことが少々惜しい、と感じられた場面があったのでそこだけ補足しておこう。倖田巡査が捜査中に同僚がケガをしたとき(ネタバレしないようものすごくふんわり書いてます)、爆発で多くの死傷者が出ている中、「そんなのはどうでもいい。ほっておけ。それより」同僚を助けてくれ、と思う場面があるのだ。この小説の根幹たるテーマに直結する場面である。ここも原作で彼女の心に触れてほしい。

 そして、これだけは言いたい。ものすごく小さいけれど個人的には大きな改変があった。中日ドラゴンズである。スズキタゴサクがドラゴンズのファンという設定は原作通り。だが原作のスズキはドラゴンズの弱さを何度かネタにするのである。なのにその「弱い球団のファンならではの自虐」がかなりカットされてたのだ。

 名古屋在住のドラゴンズファンとして、あれは入れてほしかったなあ。ご本人も愛知県出身のドラゴンズファンである佐藤二朗さんにあのセリフを言ってほしかった。そして御尊父がドラゴンズの元選手で自身も名古屋出身の山田さんに、そのセリフを受けてほしかった。まあ、3年連続最下位から今年は4位に上がったので、ネタにするほど弱くなくなったんだと解釈しておこう。ドラゴンズファンは原作を読もう。切なくて笑えるぞ。

 それにしても、まさか自分の人生でこれほど長い時間佐藤二朗さんのアップを見続ける日が来ようとは思いもしなかったよ。ちなみに山田裕貴さんと佐藤二朗さんといえば、歴史バラエティ「TV・局中法度!」の斎藤一と土方歳三だった。あのふたりが12年後にまさかスクリーンでこんな怪演を見せてくれるとは。推しの成長を見るのは楽しいね!

大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。

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