大矢博子の推し活読書クラブ
2026/01/28

中島裕翔主演「シリウスの反証」原作に忠実なドラマ版 「小さな違い」に注目すると見えてきた映像の特性 原作はキャラの個性を要チェック

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 推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回は郡上八幡の風景も見応えたっぷりの、このリーガルドラマだ!

■中島裕翔・主演!「シリウスの反証」(WOWOW・2026)

 先日発表された第174回直木賞の候補になった『神都の証人』(講談社)は、三重県伊勢市を舞台に、80年に及ぶ雪冤を描いた大河小説である。著者の大門剛明氏は2009年にその名もずばり『雪冤』(角川文庫)で横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビュー。その後も法曹をモチーフにしたリーガルミステリを多く世に出してきた。

 三重県出身・在住ということもあり、東海地方が舞台のものも多い。今回の原作となった『シリウスの反証』(角川文庫)も、岐阜県の郡上八幡市を舞台にした、冤罪がテーマのリーガルミステリである。岐阜の皆さん、ご当地ものですよ! 郡上の景色や踊りはもちろん、中島裕翔の背景に金の信長像が立ってる絵なんてそうそう見られないよ!(岐阜駅前には金ピカの織田信長像があるのです)

 さて、あらすじから紹介しよう。1996年(ドラマでは2000年)、郡上踊りに沸く夏の夜、郡上八幡市で一家四人(ドラマでは三人)が惨殺されるという事件が起きた。犯人として逮捕された宮原信夫(五頭岳夫)は無実を訴えるも、凶器となった包丁に残された指紋が決め手となり、死刑が確定する。

 それから30年近くが経ったある日、冤罪ゼロを目指して冤罪被害者の救済活動に取り組む「チーム・ゼロ」に、一通の手紙が届いた。拘置所にいる宮原から、無実を訴える手紙だ。弁護士の藤嶋翔太(中島裕翔)は、指紋という決め手があるのに再審請求が出せるような新証拠が見つかるはずがないと考えるが、「チーム・ゼロ」のリーダーである東山佐奈(仁村紗和)はこの依頼を受けるという。何か勝算があるのか?

 というのが原作・ドラマに共通する物語の導入部である。郡上踊りの囃子が聞こえるなか、暗闇で起きる凶行──刊行当時に原作を読んだとき、このプロローグはそのまんまドラマの冒頭になりそうだなと思ったのを覚えている。その通り、郡上踊りの夜からドラマが始まったのには「ですよね!」とニヤリとした。大門作品のドラマ化率が高いのは、こういう情景描写・情景の演出に秀でているせいもあるのだろう。

 ただ、原作のプロローグにあった極めて重要な場面が、ドラマでは再現されていない。どうするつもりだ?と思ったらドラマ第1回の終盤で挿入された。なるほど、これはつまり……いやいや、分析はあとにして、まずはドラマと原作の違いを見ていこう。


イラスト・タテノカズヒロ

■基本的には原作通り、でも細かい違いに意味がある?

 現時点ではドラマの放送は第3回まで。藤嶋たちがこれぞという証言を手に入れて再審請求のための尋問会に臨むが、そこで予想外の事態に遭い、計画が頓挫する。と同時に、「チーム・ゼロ」のリーダーであり事件の真相に心当たりがあるらしい東山を災禍が襲う──というところまでだ。

 ここまでの流れは、かなり原作に忠実である。大きな改変も、加えられたドラマオリジナルエピソードもほとんどない。だが、原作を読んでいると「あれ?」と思う小さな違いが幾つかあった。

 たとえば冒頭の、郡上での事件の場面。原作通りの凶行のあと、原作には事件直後に犯人の顔を見た子どもが登場する。これが大きな意味を持ってくるのだが、ドラマではその部分がカットされた。どうするのかな?と思っていたら、第1回の終わりに回想のように挿入されたのだ。この改変により、原作読者には与えられなかったあるヒントを、ドラマ視聴者は手にできたように思う。

 また、冤罪被害を訴える宮原と名古屋拘置所で面会したり郡上を訪れたりする場面。ドラマでは東山と藤嶋がふたりで行くが、原作では藤嶋のみ。藤嶋が若さに任せて突っ走っている間には東山は実は裏でいろいろ動いていて、それがあとで明かされるという違いがある。些細なことではあるが、なんで変えたんだ?と思ったけど、観ているうちに気がついた。

 小説では難しいが映像では可能なことがある。それは「間合い」や「表情」だ。前述の事件当夜の改変もそうだし、郡上八幡駅前や犯行現場での東山に注目願いたい。このあとの原作の展開に沿うようなこまやかな演技にヒントが隠されている。なるほど、これをやるなら藤嶋と行動させなきゃダメだ。また、他の人の動きや会話にも後半につながるであろう仕込みがある。原作既読組は「ここだ!」と気づく箇所がいくつかあるので、要チェックだぞ。原作を知った上でドラマを見るケースならではの楽しみだ。

■ドラマではカットされた登場人物の「キャラ」を原作で味わえ!

 これら映像ならではのヒントもあり、ドラマは原作よりもミステリとしてはやや易しくなっているようにも思われる(まあ、まだここからびっくりする展開もあるんだけど)。だが、それはそれでいいのだ。なぜなら本書は真相や真犯人の意外性で驚かせるタイプのミステリではないのだから。

 原作の最大のテーマは、「自分の過ちにどう向き合うか」だ。自らの過ちをきちんと認め、償うことができるか否か。その難しさと大切さを本書は描いている。本書のミステリとしてのサプライズは真相だの何だのではなく、「各人はどんな方法で自分の過ちに向き合ったのか」という点にあるのだ。このテーマはおそらくドラマでも継承されるはず。

 そういう意味では、原作で各登場人物に付与されていた個性がドラマでは薄まっているのが少々残念。この人はどんな人か、というのがそのまま本書では伏線でありミスディレクションなのである。

 たとえば主人公の藤嶋は、ドラマよりもずっとまっすぐで、正攻法で突っ走ろうとする。弁護士として策略とか駆け引きとか一切考えず、自分の信じる正義と感情にそのまま従ってしまうところがある。法務大臣の鈴木良蔵(ドラマでは益岡徹)は、ドラマよりずっと俗物でずっと品がない。権勢欲にまみれた「田舎の成金」みたいなキャラなのである。あるいは、藤嶋の友人にして同僚の安野草介(金子大地)。原作の彼はひたすらチャラい。仕事には真面目だがお調子者で、要領がいい。突っ走る藤嶋のストッパーであり、物語のムードメーカー的役割も担っている。

 検察の稗田一成(緒方直人)にも注目。原作では彼のプライベートが描かれるのだが、これはもう笑っちゃうくらいキュートなのだ。とにかく心配性で、腹具合の不調に胃カメラ、大腸内視鏡、腹部CTまでやって胃も大腸も肝臓も脾臓も胆嚢も膵臓も異常なしと言われても「では小腸では」と医者に食い下がって呆れられる。ドラマの緒方直人さんはめちゃくちゃ渋い。小心者で心配性の稗田を緒方さんで見たかった! ──とまあ、ドラマよりもそれぞれぐっとキャラが強い。だがそのキャラがどれもちゃんとテーマに結びつくのだ。まったく無駄がない。ぜひその原作の技を味わってほしい。

 そうそう、郡上情報も原作は豊富だぞ。たとえば藤嶋が喫茶店を訪れる場面。原作では食品サンプルのウィンナーコーヒーに惹かれて注文するエピソードがある。郡上八幡は食品サンプルで有名なのだ。せめて映像に食品サンプル出してあげて! 郡上踊りも掛け声や歌詞まで書かれているし、橋から川に飛び込むのが成人の通過儀礼だったなんて習慣も語られるし、郡上の名所や名物も登場する。郡上の弁護士事務所で出されるのは水饅頭だ。映像で郡上に触れたあとは、原作でさらに詳しい郡上のあれこれを確かめていただきたい。きっと行きたくなるはず。岐阜駅前で金の信長がお待ちしてます。

大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。

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