「好き」は暮しの武器になる
[レビュアー] 中村邦夫
私の好きなあの人たちから、お勧めの一品をつのって妄想雑貨店をつくってみたい。
有元葉子さんは「気持ちがシャンとする魔法のエプロン」、平松洋子さんは「春を締める呼吸する帯留め」、ヨーガン レールさんは「午前5時の眠る山羊」、松浦弥太郎さんは「優美で色っぽいとどめのハンカチ」、安藤雅信さんは「カンガルーのようなたすき掛けバッグ」、渡辺有子さんは「間が持つ大人のストール」、東野翠れんさんは「こころも滑る不思議なすべり台」……など。
この本は、各業界の魅力的な方々が「みる・きく・きる・たべる・すむ・つかう」というテーマ別に、それぞれが独自の哲学で選んだ好きなものを教えてくれる、秘密の4次元ポケット的妄想雑貨カタログ。好きな人の好きなものは、なんだか気になる。好きな人の好きなものを知るという行為は、自分の中にあった宝物を発見するきっかけにもなる。
人は、自分が好きなことについて語るとき、最も輝く。満たされたこころが発するスキスキ光線は、内面を輝かせるだけでなく、外見にも溢れ出す。「私の好きなもの」について考えたり、発見したりするというプロセスは誰にとっても「自分を発光させる装置」のようなものだ。
「好きなもの」は、ヒトとモノとを繋げる接着剤にもなる。「好きなものが共通する」という事こそが、人と人を近づける。名久井直子さんに「不自由なピンホールカメラが好きです……」とか中原慎一郎さんに「男はカゴよりほうきです!」と言われただけで、なんだか感動してその人のことが気になってしまう。赤木明登さんが愛用している「能登の下駄」や引田かおりさんお気に入りの「勇気をくれるミナペルホネンのワンピース」、中野翠さんが旅先で買ってきた「エストニアの靴下」、日下潤一さんが持ち歩いている「小さなトートバッグ」……どれも聞いただけで欲しくなってしまうし、その人が好きになってしまうのは、なんとも不思議なことだと思う。
「好きなもの」は、自分を動かすスイッチにもなる。たとえば高橋みどりさんが実践している「なんでも風呂敷収納」や、岡尾美代子さんがデパートの屋上で考える「胸に秘めた庭計画」などは、すぐに実行可能な便利な生活術。伴田良輔さんが仮眠や読書用に使う「メキシコのハンモック」で揺られたり、岡本仁さんの好きな「シンスケのきつねラクレット」や「鯛焼きの踊り食い」を頂いたり……、と好きなことは、どんどん追体験してみたくなる。
101本の大切な話が束ねられている「みんなの好きなもの図鑑」であるこの本は、とっておきのヒトと、とっておきのモノとを繋げ、暮しかた、考えかたも教えてくれ、導いてくれる。実は誰でも真似できる暮しのヒント集なのだ。ただ「好きなコトをする」よりも「自分の好き」に気づくことが大切なのではないか。そんな事を考えさせられる魔法の書物です。
「好き」という言葉は、私たちがたった今生きているという瞬間の喜びを祝うために生み出された最高の呪文。「好き」は、他人と比べないこと。「好き」を比べさえしなければ、迷いも悩みもない。自分だけの好きなモノやお気に入りの服を、飾ったり、眺めたり、使ったり、身につけたりするだけで、人は幸せになれるはず。自分だけの「好き」を基準にすると「好き」は、暮しの武器になる。それこそが一番大切な「暮しのヒント」なのかもしれません。