高峰秀子 夫婦の流儀

『高峰秀子 夫婦の流儀』

著者
斎藤 明美 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784106022371
発売日
2012/11/22
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

飽きない才能

[レビュアー] 酒井順子(エッセイスト)

 ごく稀に、「互いに飽きない夫婦」がいるものです。結婚生活が長く続いても、ずっと新婚のように仲の良い夫婦が。

 普通の夫婦生活を送る人は、「飽きない夫婦」を見て、言います。「ああいう夫婦さえいなければ、私は幸せなのに」と。つまり彼我の夫婦像を比べて、「あんな夫婦も実在するというのに、うちは……」と、落ち込んでしまう。

 高峰秀子・松山善三夫妻は、希少な「飽きない夫婦」の一例です。妻が女優という、夫婦関係を維持するのが最も困難そうな条件下において、その関係が良好に長続きした事実とその背景を、この本は教えてくれます。

 本書は、結婚生活が長い人より、むしろ若い人が読むと良いのかもしれません。既に結婚生活を長く続けている人は、高峰夫妻のいつまでも新鮮な関係を知って、やはり「こんな関係も世の中にはあるというのに、私は……」と、比べてしまうことでしょう。しかし若い人が読めば、「結婚って、素敵なものかも」「私も結婚してみたい」という気持ちを、強く持つのではないか。

 またこの本は、独身の若者のみならず、既に結婚していながら、その夫婦関係をいかにキープするかに悩む若い人達にも、役に立つように思います。この本のタイトルに「高峰秀子」という名前しか入っていないことを見ても、そして私がつい「松山夫妻」ではなく「高峰夫妻」と書いてしまうことからもわかるように、この夫婦においては、圧倒的に妻の方が目立っていました。結婚当初、高峰秀子は押しも押されもせぬ人気女優であったのに対して、夫の松山善三は、木下惠介監督についていた助監督、それも一番手ではなくセカンド。収入の格差も、キャリアの格差も相当のものがありましたし、年齢も高峰の方が一歳上。あらゆる面において、妻よりも夫の方が少し上、という関係が当然だった当時において、二人の関係はかなり特殊であったものと思われます。

 現在、世の中は変って、様々な面において女の方が上のカップルが、増えています。「今はもう、そんなことを気にする男性はいないでしょう」という話もありますが、しかし「女が上」という状況がボディブローのようにカップルの関係に影響を与えるケースも多い。「女が上」という状況を見て見ぬフリをしたり、女性が過剰に男性に気を遣ったりという涙ぐましい努力もされているのです。

 そんな女性上位カップルにとって、高峰夫妻の関係は、大きなヒントとなります。妻も夫も、「妻の方が目立つし、稼ぐ」ということをあっけらかんと認めた上で、それとは関係無しに、互いの優れたところを尊敬しあっているのです。

 夫妻はまた、奇跡的に二人とも、「飽きない才能」を持っています。夫婦関係においては、どちらか一人だけが飽きない才能を持っていても、うまくいかないものです。と言うより、どちらか一人だけが飽きないのはむしろ、互いに飽きっぽいよりも不幸。

 天から与えられた才能を、夫妻はただ漫然と享受するだけではありませんでした。どんなに優れた才能も、磨かなければくすんでしまうものですが、「飽きない才能」もまた然り。二人は秘かに、と言うより無意識のうちに、相手を飽きさせないための不断の努力と気遣いを続けていたのです。

 妻は美人で夫は優しく、互いに知的でセンスが良くて、いつまでも仲良し。……こんな夫婦のあり方を、あえて本にして愛でるというのは、日本の家族のあり方がいかに不幸かということを示してもいるのでしょう。が、夫婦仲が良いということは、シンプルに美しいのであり、その美しさを、私達は愛でたいのだと思う。

「結婚だけは清潔にやりたかった」と、高峰秀子は結婚する時に言ったそうですが、最後まで清潔な美しさを漂わせた、高峰夫妻。その清潔な残り香は、今も漂い続けるのです。

新潮社 芸術新潮
2013年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク