歴史に埋もれた声なき声【私の名作ブックレビュー】

レビュー

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ワイルド・ソウル 上巻

『ワイルド・ソウル 上巻』

著者
垣根, 涼介, 1966-
出版社
新潮社
ISBN
9784101329734
価格
775円(税込)

書籍情報:openBD

【私の名作ブックレビュー】歴史に埋もれた声なき声

[レビュアー] 夏野剛(慶応大学特別招聘教授・ドワンゴ社長)

 ほんの半世紀ほど前、日本政府は国策として移民を募り、多くの日本人が地球の反対側、新天地アマゾンに希望を託して旅立っていった。雨期ともなれば広大な低湿地帯となるアマゾンは、とても農業用地などに適しているはずもなく、多くの移民は貧困と病によって命を落としていった。これは紛れもない史実である。

 私は以前、サンパウロにあるブラジル日本移民史料館へ行った。ここにはいかに多くの日本人が、血の滲むような努力と苦労を重ねて今の日系社会を築いてきたかが克明に記されていた。そこに残された資料の数々を見たときの衝撃は、今でも忘れられない。これがさらなる密林、アマゾンともなると、当時の移民たちがどれほどの絶望に陥ったか想像を絶する。

 本書『ワイルド・ソウル』は、移民一世と二世たちの日本政府に対する復讐劇……なのだが、重いテーマにもかかわらず、読了後の爽快感は何とも言えぬ心地よさがあった。根っからのポジティブ思考、まさにラテンのノリである。主人公ケイの生き様は日本人にはない、ブラジル人魂そのものである。移民たちの苛酷な生き様とのギャップに圧倒された。

 戦後の日本社会は、高度成長期、バブル崩壊と時代の波はあれ、平和に安定した生活を提供してきた。今ある私たちの生活は、歴史に埋もれた数々の犠牲の上に、成り立っていることを忘れてはならない。老いも若きも、今の日本人に必要なスピリッツが本書の中にある。

新潮社 週刊新潮
2013年6月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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