『宅間守 精神鑑定書』
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浮かび上がる破格な人間像
[レビュアー] 稲垣真澄(評論家)
(その間は食事どうやった?)「いや、ブスブス事件の前日と前々日は確実に夜食べてるんですよ」、(計画を考えていたのか?)「計画なんか、別にそれ以上。行って、とにかくブスブス」
二〇〇一年六月八日午前十時過ぎ、大阪教育大附属池田小に車で乗り付けた宅間は、用意した出刃庖丁でほとんど無抵抗な低学年児童八人を殺害し、児童十三人と教諭二人に重軽傷を負わせた。犯罪史に残る大量殺傷事件だ。一審、死刑判決。その後、弁護人による控訴を自ら取り下げて死刑確定。〇四年には異例の早さで死刑が執行されている。本書は、宅間の公判鑑定を行った精神科医が裁判所に提出した鑑定書を、人名・組織名などを匿名・伏せ字にする以外ほとんどそのままのかたちで刊行したものという。
それにしても、凶行をどこか遠いもののように語るブスブス事件という語の、乾いた距離感はどうだろう。その異様さに戸惑うのは読者だけではない。鑑定医自身も「本件犯行や過去の犯罪行為などをニヤーと薄ら笑いを浮かべながら語ること」ともども、「強い印象」を受けたと述べている。
精神鑑定といえば高度にプライバシーにかかわる事柄だ。鑑定医には当然守秘義務が生じ、鑑定書の刊行が無配慮になされてよいわけがない。著者は「精神医療のあり方を問うためで、守秘義務を超える意義がある」としているが、たしかに裁判員制度に見るように裁判の市民化が大きな流れである以上、精神鑑定のあり方も検察(簡易鑑定、嘱託鑑定)や裁判所(公判鑑定)の奥深くにだけとどめられてよいものではあるまい。
早い話、鑑定書が四百ページ余の単行本になるほど大部なものであることを、今回初めて知った読者も多かろう。「家族歴」「本人歴」「本件犯行」「現在症」「診断」とつづいて最後に「鑑定主文」。子供の頃から他人の嫌がることばかり好んで行う性格で、加えて偏執性と攻撃性。喜びを感じたのは「市バス運転手に採用された」「三番目の妻と結婚した」などわずかな時だけ。それ以外はいつも苦しく不愉快で、原因はすべて他人のせいと思ってきた破格な人間像が浮かび上がる。鑑定の結論は、共感や思いやりなどの人間的感情を著しく欠く情性欠如者で、統合失調症などの精神疾患を認めなかった(つまり責任能力あり)。
ただし宅間は十七歳から三十七歳の本件犯行時までの間に、粗暴事件による措置診察を含めたびたび精神科医の診察を受けている。診察した十五人以上の精神科医はそろって治療の必要を認め、特に犯行前の二年間は服薬も続けたが、結果的に凶行を防ぎえなかった。精神医療は本来どうあるべきか、どうあるべきだったか。著者の重い問いかけだ。