「脳科学」過信への科学的警鐘

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「脳科学」過信への科学的警鐘

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 本書で警告しているのは「脳科学」への過剰な信頼だ。例えば、「愛情を感じている時の脳の活動を解明」、「優れたビジネスリーダーの脳の鍛え方」、「買い物がやめられない脳」……。そんな最新の脳科学に基づくニュースにメディアは飛びつき、人々はそれを喜んで受け入れる。

 確かに、鮮やかに彩られた脳スキャン画像の写真付きで書かれた記事は、疑いない事実のように見える。いよいよ「心の働きが解明されつつある」と感じるのも致し方ない面はある。だが、本書の著者であるワシントンのシンクタンク研究員と大学教授は、脳科学に基づくとうたった最新の研究成果を鵜呑みにすべきではないと警鐘を鳴らす。

 本書が特に詳細に取り上げるのは、脳科学の進出がはなはだしい神経(ニューロ)マーケティングとアルコールや薬物などの中毒症状に関してだ。消費者の脳を調べれば効果的な広告やキャンペーンを行えるとするニューロマーケッターの主張は本当に正しいのか。中毒を「脳の疾患」として治療に当たる現在の医療は本当に適切なのか。これらの検証作業が本書の読みどころとなる。そしてその結論は書名からも推定できるように“眉唾”で、著者の言を借りると「(脳スキャンどころか)脳スキャム(詐欺)だ」とさらに過激になる。

 要するに、現在の脳科学ではまだ脳の働き=心については解明できていないことが多すぎる。かつての骨相学のように、将来的に現在の脳科学の知見も否定される可能性はあると、本書は繰り返し述べる。

 科学は反証されることで発展する。誤りや不備を指摘されて、さらに進化する。それが科学だ。ここ数年、メディアの情報を鵜呑みにする人が増えたように感じるが、それは科学的な姿勢とは言えない。「だから脳科学を信じるな」と著者は言いたいわけではない。どんなに確からしく思えることでも、科学の視点での検証を忘れてはいけないことを本書は改めて告げている。

新潮社 新潮45
2015年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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