サマーブロンド [著]エイドリアン・トミネ
[レビュアー] 大竹昭子(作家)
マンガは読まないので、ふだんならスルーするところだが、著者は「ニューヨーカー」のカバーを担当するイラストレーターというし、なにより表紙の絵が素敵だ。素足にサンダルを引っかけた女の後をいく男の影。その上に載っている「summer blonde」というクレヨンで書いたような文字。
四編とも舞台はサンフランシスコのベイエリアで、マジョリティーのようには生きられない屈託を抱えた若者が登場する。特に親近感を覚えたのが「別の顔をした僕」の主人公だったのは、彼が物書きだからか。一作目で一応名をあげたものの、二作目が書けなくて悩んでいるという身につまされる設定。彼は左目がやや小さく斜視の気味がある。夜ベッドの灯りを消しメガネをはずして左目をもんでいると、隣に寝ているガールフレンドが天井を見ながら、前は会うたびにしてたよね、とつぶやくところなど、行間のニュアンスが絶妙。絵による小説に近い。それも、言葉を切り詰めた、読むごとに新たな発見があるミニマル小説に。
「バカンスはハワイヘ」のヒラリーは職場をクビになり無為な日々を過ごしている中国系アメリカ人女性。世間話が苦手だが、電話なら平気だ。アパートの窓から見える路上の公衆電話に電話をかけ、受話器を取り上げた人とおしゃべりする。
小説が書けないとか、失業したとか、女にもてないとか、ゲイだと思われているとか、どの人も心に不安を抱えているが、問題の解決は主題ではない。ひとりのなかに何人もの他者がいるという、多くの人が見過ごしている事実に人生の途上で気付いてしまった人々にフォーカスし、彼らの意識を宙吊りにしている綱がわずかに揺れるさまを描きだす。
トミネはカリフォルニア生まれの日系四世。小刀で彫り出したような鋭く繊細な線は痛みと共感をそそる。一度好きになればたまらなく魅力的な作品世界だ。