『ムシェ 小さな英雄の物語』
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文学青年と疎開児童――最後の1ページが心揺さぶる傑作
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
前作『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』が非常に美しく深い小説だったので、キルメン・ウリベの新作が出たと知ってすぐ入手した。そこには予想とは違ったが、思わぬ形で胸を熱くさせる物語があった。私はこの先きっと、最後の一ぺージを何度も読み返すだろう。
著者は一九七〇年、スペインのバスク自治州の生まれ。話者数が百万人に満たないバスク語の書き手だ。初の小説『ビルバオ~』は、著者が飛行機で移動中に家族や土地にまつわる思い出を心に甦らせるという内容だ。機中という微妙に離れた場所から思いをはせる設定のため、ノスタルジーの濃度が絶妙だった。
新作が扱うのは疎開児童。スペイン内戦下、一九三七年のゲルニカ爆撃の後、一万九千人の子供たちがバスクのビルバオ港から船でヨーロッパ各地に疎開したという。その一人、八歳の少女カルメンチュ・クンディン=ヒルは、ベルギーへと渡りロベール・ムシェという青年に引き取られ、彼やその両親と良好な関係を育んでいく。
タイトルからも分かる通り、真の主役はこの青年ムシェで、主軸で語られるのは彼の生涯。若かりし頃の親友との交流と諍い、家計のために大学進学を諦めた経緯、カルメンチュとの出会い、第二次世界大戦の勃発を受けてのカルメンチュのバスク帰還。やがて結婚した彼は、可愛がっていたその少女にちなみ、生まれた娘にカルメンと名付ける。後半にはナチスのノイエンガンメ強制収容所の過酷な内実、戦争末期に収容所にいた人々を乗せた大型客船カープ・アルコナ号が沈没した大惨事も迫力を持って描かれる。それはショッキングなほど残酷で、虚しい。
前作同様、語り手の現在も挿入されていく。著者らしき青年がムシェの娘、今や老婦人となったカルメンの元を訪れ、写真や手紙を見せてもらっている。読み手は、本書は彼が記した物語だという、メタ構造を理解するわけだ。それもあって序盤は何度か考えた。疎開児童を扱っているとはいえ、なぜ著者はバスクに直接は関係のないベルギー人男性の話を書いたのか? タイトルに「英雄」とあるのはなぜ? ムシェは一体何をしたのか? 途中からそんなことは忘れて没頭していたが、最後の一段落でその疑問を思い出し、その回答を得た時、自分の中で何かが決壊したと思うほど心が揺さぶられた。〈英雄はそこかしこにいる、昔も今も、ここにだって、世界中どこにでも。〉ああ、その通りだ!