絞首台の黙示録

『絞首台の黙示録』

著者
神林, 長平, 1953-
出版社
早川書房
ISBN
9784152095688
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

絞首台の黙示録 [著]神林長平

[レビュアー] 小山太一(英文学者・翻訳家)

 私が月に一度担当している日本語小説書評は、これで十一回目。次でどう転ぶかはまだ分からないが、本書は二〇一五年度ベストの有力候補だ。これほど巧緻に設計され、丹念に施工された小説は、新刊では久しぶりにお目にかかる。

 我々が馴染んでいるはずの世界の認識構造が脱構築されてゆく物語なのだが、語りはひとつの見事な構造を作り上げている。この捩(よじ)れっぷりは、背中のどこかが猛烈に痒いのにそれがどこなのか探し当てられないときに似た不安を読者に抱かせる。

 通俗的感動、ゼロ。カタルシス、まるでなし。この小説は、ただひたすら明晰かつ異様な構造物としてそこにある。他の何にも似ていない、強烈な存在感だ。

 作家の「ぼく」=伊郷工(いさとたくみ)は、父失踪の知らせを受けて久しぶりに実家に帰る。すると、そこには「ぼく」そっくりの男がいて、自分こそ工だと主張する。「ぼく」には、文と書いて同じくタクミと読ませる、生後三ヶ月で亡くなったといわれる兄がいる。あなたは文ではないのか、と「ぼく」は男に問うが、男は頑として、自分は工だと言い張る。しかも自分は死刑囚で、つい今朝がた処刑されたばかりなのだと……。

 ああ、ドッペルゲンガーものね、と思った方、それは甘い。もちろんドッペルゲンガーの話としても本書は充分読ませるし、工と「タクミ」のやりとりはチェスの名勝負を思わせる緊迫感がある。だが、平面だったはずのチェスボードはいつのまにか立体と化し、果てはクラインの壷にチェスの市松模様が描かれているような様相さえ呈してくる。これだけトリッキーな構造を持った小説なのだからどこかに綻びがあるのではないかと探してみたが、私の眼にはまったく堅牢としか見えなかった。いったい、この作者の頭の中はどのように整理されているのだ。

 ハードな読書になるだろうが、その報酬は保証できる。

新潮社 週刊新潮
2015年11月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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