「基本だよ、ワトソン君」 北川智子が自著『ケンブリッジ数学史探偵』を語る

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ケンブリッジ数学史探偵

『ケンブリッジ数学史探偵』

著者
北川, 智子, 1980-
出版社
新潮社
ISBN
9784106106309
価格
770円(税込)

書籍情報:openBD

【自著を語る】「基本だよ、ワトソン君」

[レビュアー] 北川智子(歴史学者)

 イギリスの名探偵といえばシャーロック・ホームズ。彼が相棒に語りかけたセリフに、こんなものがあります。

「Elementary, my dear Watson.」

(基本だよ、ワトソン君。)

 あっと驚くような発見も、基本事項に立ち返ってこそ謎ときのヒントを得るというのは、シャーロックの決め言葉のひとつです。

『ケンブリッジ数学史探偵』は、学問の基本中の基本である「数学」と「歴史」のあいだにある「謎とき」をするものです。

 わたしに、その「謎」を持ちかけたのは、新潮新書の前作『ハーバード白熱日本史教室』。日本史がアメリカでどのように語られているかを書き、これから現代にぴったりの語りとはどんなものかを考えよう、というメッセージを残したところ、現代的な歴史とはどのようなものだろうか、という質問を多く受けました。日本では「日本史」と「世界史」が分けて教えられているため、日本と世界の間には見えない壁があるという事情が、現代的な歴史叙述の生成を難しくしているのです。そこで……

 ・日本史と世界史を分けない。
 ・日本史も世界史も一気に俯瞰する。

 現代にぴったりのグローバルな歴史とは、既存の歴史の枠をとりはらった「大きな物語」。現代的な世界規模の歴史叙述の一例が、この本です。

 探偵となる我々の舞台は17世紀の世界各地。日本の京都を出発点とし、ヨーロッパはパリへ。さらに中国の北京から数学の歴史をたどります。17世紀といえば、フェルマー、パスカル、ニュートン、ライプニッツなど、数学界のスターが生きた時代。しかし数学史に関係した人は意外に多く、時空を超えた旅の中で我々が出会う人物は、色々な場面にユニークな足跡を残しています。一体誰が、どんな発見の跡を残しているのでしょうか。17世紀を地球規模で眺めてみると……

 出来上がった世界の俯瞰図を見ると、数学も歴史もごくごく基本の事項に立ち返ってみることで、目の前にある問題がすらすらと解けていくのです。やはり、様々な発見の根底にあるのは、シャーロック・ホームズの名言そのもの。

「Elementary, my dear.」
(基本こそが、大事なんだよ。)

 もちろん本書はその「基本」の掘り返しだけでは終わりません。どんなふうに「基本」が「発見」に昇華するのか。謎ときの果てにあるものは「歴史が未来を創るためにくれるヒント」なのです。ヒントがいくつ見つかるかは、あなた次第。どうぞ、楽しんで読んでください。

新潮社 波
2015年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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