大人の学び直しに勧めたい骨太の世界史論 宮崎正勝『「空間」から読み解く世界史』

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大人の学び直しに勧めたい骨太の世界史論

[レビュアー] 山下範久(立命館大学教授)

 歴史における、いわゆる「横のつながり」の視角は、大学受験の科目に世界史を選ぶ学生ならば、当然に意識して勉強する程度にはポピュラーな主題である。歴史を大づかみに見るうえでも重要な見方であり、そうした視角がウリの教科書や参考書も出ている。

 だが多くの場合、そういうときの「横のつながり」は、特定の時点における何らかの縦のつながりの単位――依然としてしばしば国民国家に投影されているのだが――の間の同時代的な関係を見るということ以上のものではない。それで必ずしもいけないわけではないが、その時前提になっている縦のつながりの単位がどのようにして構成されたものなのか、どうしてその単位をまたぐ横のつながりが大事なのかという反省を欠くようになると、歴史を大づかみにする力は削がれ、ただ「横のつながり」の事実だけを表面的に確認して回るような瑣末主義に陥りがちとなる。結果、最近では「横のつながり」云々にやや食傷を感じる読者も少なくないようだ。

 そこへ横の視点が持つ本来の意義を思い出させてくれるような作品が現れた。それが本書『「空間」から読み解く世界史』である。その鍵概念は六つの「空間革命」だ。人間の空間に対する認識や態度は移動の技術(移動を可能にする技術と移動を不要にする技術)の様式によって大きく変わる。ウマを知らない人間にとっての大草原や船を持たない人間にとっての外洋は世界の果てであるが、ウマや船を操る人間にとっては同じ大草原や外洋がフロンティアとなる。インターネットの普及前後で私たちの空間感覚がいかに変わったかは言うまでもない。この移動の技術の革新がもたらす空間像の大きな変化が「空間革命」である。本書は(1)5000年前の大農業空間の形成、(2)2600年前のウマによる多元的な「地域世界」の形成、(3)1400年前の騎馬民族と商人ネットワークによるユーラシア世界の統合、(4)500年前の大航海時代を通じた近代世界システムの形成、(5)200年前の鉄道と蒸気船による地球空間の統合、そして(6)20世紀末からの電子空間の形成を六つの空間革命として捉える。個々の横のつながりではなく、いわば横のつながりの質の変化に注目する骨太の世界史論である。

 各時代について新しい定説を平易に解説しながら丁寧に包摂しつつ、ほぼ世界史の時空全体を俯瞰する本書は、従来のオーソドックスな世界史の知識にまで新鮮な意味づけを与えてくれる。多くの読者は、従来型の高校世界史の頭に張られた経糸に、美しく緯糸が通されていくような快感を覚えるだろう。読後にはグローバリゼーションの人類史の模様がくっきりと浮かび上がる。これまで数々の啓蒙書を書いてきた著者の文体は実直で読みやすい。受験を控えた高校生にも十分読めるが、むしろ大人の学び直しに強く勧めたい。

新潮社 波
2015年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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