なぜ、戦争体験を風化させてはならないのか 城戸久枝『祖国の選択:あの戦争の果て、日本と中国の狭間で』

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祖国の選択

『祖国の選択』

著者
城戸 久枝 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103380719
発売日
2015/01/16
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

なぜ、戦争体験を風化させてはならないのか

[レビュアー] 杉山春(ノンフィクションライター)

「父と養母との間には、血縁や国家を超えた深い信頼関係が築き上げられていた。(略)父の養母との絆があったから、私は今をこうして生きている」

 城戸さんは、本書の中でこう書いている。

 父幹氏は、1945年8月、ソ連軍の満州国侵攻にともない、東部の町、勃利から、満州国軍の日系軍官だった父親の部下の中国人男性に連れられて、無蓋の列車で避難。林口駅でソ連軍の戦闘機から機銃掃射に遭う。それをきっかけに日本人集団を離れ、孤児となった。当時、3歳9カ月。その後、頭道河子村(トウダオホーズ)で養母、付淑琴(フースーチン)に育てられ、文化大革命下の激しい日本人排斥の中、1970年4月、万難を排して帰国した。日本では父の反対から願っていた大学進学はかなわず、一方、家族に恵まれ、それでも養母への思い、故郷への断ち難い思いを抱えて生きる。

 城戸さんは、父について知りたいと、1997年から2年間、国費留学生として吉林大学で学び、10年かけて、日本側と中国側から取材。『あの戦争から遠く離れて』(2007年、情報センター出版局)を出版した。

 本書は『あの戦争から~』をきっかけに、つながりをもった人たちへの、戦争体験を含む聞き書き。それを通じて、明らかになった父に関する新事実から構成されている。

 日中間の相互の反目のなかで、それぞれの国の罪や責任を負わされ、今は中国人の妻を介護する老いた中国残留孤児。開拓団員として満州に渡り、ソ連侵攻にともなう逃避行で家族全員を失った、当時15歳だった女性。従軍看護婦として中国に渡り、戦後、8年間日本に戻れなかった女性。アメリカに生まれ、日本で教育を受け、満州国軍の軍人だった男性と結婚して満州に渡り、幹氏と同じ列車で林口で機銃掃射に遭遇、3人の幼い子どもを連れて帰還した母親。中国での厳しい行軍で飢えて民家を襲い、食糧を奪い、人を殺し、自身も大けがを負い、生き延びた男性の戦争体験。城戸さんは、この男性に祖父を重ねる。

 反日感情にも中国への反感にも取り込まれることを拒み、政治的な偏りはもたず、虚心に事実に向き合い、一人ひとりの話を聞く。人はどのようなことでも起こしてしまう。同時に、どのような中にあっても人を助け、つながりを生み出す。その営みの現実を私たちは本書によって知る。そのとき国とは何か、家族とは何か、戦争とは何かが浮かび上がる。

 この間、城戸さんは父とともに、また夫と息子とともに、父の育った村、頭道河子を訪ねた。親戚、父の親友との触れ合いで、父の故郷への深い気持ちに改めて気付く。父が孤児になった年齢の息子に、当時の父の寄る辺なさを実感する。

 幹氏は、父娘の枠組みを超え、今はひとりの人としてそこにいる。

 なぜ、戦争体験を風化させてはならないのか。

 私はかつて、国策で開拓民になるために10代で満州国に送り込まれた青少年義勇隊の、妻たちを取材して『満州女塾』(新潮社)を書いた。残留婦人となった主人公の女性は、幼い幹氏と同じ無蓋列車で勃利から逃げ、林口駅でのソ連軍の機銃掃射を受けた。彼女の人生を追ったことで、私は女性の性が簡単に国に利用されること、国による守りが失われれば、子どもの命は危機にさらされると知った。その事実が、現代の児童虐待や女性の貧困問題について理解する、土台を作る。

 今年戦後70年を迎える現在、多様な価値観がばらまかれている。大新聞は言葉の方向性を見失い、福島第一原発事故の所長の発言について報じた記事を取り消し、慰安婦報道検証の第三委員会の報告書を出し、繰り返し頭を下げる。反中国、反日感情は高まったまま、一向に減じない。将来に向けて何を守らなければならないのか、共通の意思が持てない。

 答えは歴史の中にあるはずだ。悲惨が起きた場所・時点にまで立ち返り、一人ひとりの人間に何が起きたのか、語られる言葉に耳をすませ、丁寧に読み解くことによってしか、解は見つからない。だからこそ、城戸さんは、父が孤児のきっかけとなった、林口での機銃掃射を描かないでいられない。インタビューした人々の口を借りて、繰り返し不戦を訴える。

 多くの経験と言葉が記録されなければならない。タイムリミットはもう来てしまっているのかもしれないが。

新潮社 波
2015年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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