『消滅』
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消滅 VANISHING POINT [著]恩田陸
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
ずっと読んでいたくなる小説を読んだ。思田陸『消滅』だ。
某国際空港から物語は始まる。三ヶ月ぶりに帰国し、行きつけの店で好物の肉ワンタン麺を食べたいとうずうずしていた小津康久は、思わぬ足止めを食う。入国審査の手続きを受けていたところ、職員に呼び止められ、別室へと連行されてしまったのだ。もちろん、まったく身に覚えはない。怪しい人相をしているため、どこの国に行っても不審人物扱いされてしまう大島凪人(なぎひと)も、中東の難民医療キャンプで働いていた三隅渓(みすみけい)も、同じように引っ掛かってしまう。こうして十一人の老若男女と、なぜか犬が一頭とが、別室に集合することになる。彼らの前に現れたのは、キャスリンと名乗る女性だった。
『消滅』は、長い長い犯人捜しの物語である。ただし舞台は固定されていて動かない。キャスリンは驚くべき事実を告げる。隔離された人々の中にテロリストがいる。それが誰かを特定するまで、全員が空港からは出られないと。折悪しく台風が接近しており、深夜には高潮が空港の建物を襲う可能性があった。それまでに脱出すべく、彼らは異分子を見つけ出すための討論を開始する。
密室劇は恩田の得意技で、過去にも『中庭の出来事』『訪問者』など、多くの作品をものしている。閉鎖空間の中での犯人捜しはミステリーの醍醐味の一つであるが、その定型に挑んだ一作でもある。だが、恩田流の謎解き劇は一味違う。さあ、作者との知恵比べだ、と勢い込んで本を開いた読者は思い切り肩透かしを食らわされるはずだ。こっちに行くはず、との予想は必ず外れる。意外な推理力を発揮する青年が登場するので「さあ、これで安心」と思っていると、彼の存在も虚しく事態は一向に好転していかない。膠着した事態の中での、果てしない腹の探りあいの会話が楽しいのだ。世界がまるでその一室だけになったかのように、延々とおしゃべりが続いていく。