桐野夏生・インタビュー いま何故1972年なのか 『抱く女』刊行記念

インタビュー

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抱く女

『抱く女』

著者
桐野 夏生 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784104667048
発売日
2015/06/30
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『抱く女』刊行記念インタビュー 桐野夏生/いま何故1972年なのか

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

吉祥寺、ジャズ喫茶、学生運動。女性が生きづらかった時代に、切実に自分の居場所を求め続けた20歳の直子を描く永遠の青春小説。

聞き手:佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

――『抱く女』は、一九七二年九月からの数か月間を描いています。なぜあの時代を描こうと?

 一九七二年は、二月に連合赤軍のあさま山荘事件、五月に沖縄返還とテルアビブ空港乱射事件などがあって、ものすごくざわざわしている一方、気分的には「終わった」という終了感、寂寥感がありました。全共闘運動は、その二年後から激しい内ゲバ時代に入っていくのですが、この年の学生たちは完全に白けていたと思います。こんな終わり方をするのか、という失望感だけが残った。もっと面白いことがありそうだったのにって。

 同時に、大衆消費社会も来ているんですよね。「平凡パンチ」や「anan」もすでに創刊されていて、音楽も映画も充実していて、文化的にすべてが新しくて、面白く感じられる時代だった。その意味での文化的快楽も噴出してきていますから、全共闘運動自体がカルチャーと一緒になっていた部分もあったのに、突出した連合赤軍はすでに時代に合わなくなっているわけです。

 その両方の狭間の、中途半端なところにいるのが一番カッコいいと思っていた。学生なんかやめて、どんどん道を外れて行ったら何があるだろう、もっと自由になるかもしれない、と。そういう時代の空気を書いてみようと思いました。

――政治の季節は終わっていたんですね。

 そうですね。七〇年安保があって、連合赤軍事件があって、完全に終わった、という感じでした。

 セクトに入っている友人もいて、私自身、近いところをうろうろしていましたが、これは時代の気分というもので、特にどこかに所属したりはしなかった。

 私は集団が嫌いなんです(笑)。集団の論理がすべてで、個人の生活を奪われたり、個人の考えを否定されたりするのが苦手なんです。黙ってるのも嫌なんだけど、声高に叫ぶセクトも嫌い。あれも嫌い、これも嫌いで、わけがわからなくなって、ひとりでふつふつと怒っていました。

――広告に使われている「この主人公は、私自身だ」というコピーが印象的です。文字通り受け止めることもできるし、いかにも私らしい主人公をあえてこう言うことで、「私ではない」と言っているようにも思えます。

『抱く女』は私小説ではないし、本当にあったことを書いているわけでもありませんが、主人公の直子と自分は心理的にすごく近い。だから、このコピーを使っていいですか、と編集者に聞かれて了承しました。

 私小説だと誤解する人もいるでしょうけれど、小説はいつもそう、何を書いても同一視は免れません。連載中、学生時代の友人は、「桐野がおれたちのことを書いてる」と言い合っていたみたいですよ。「皆で読んでる」と言われました。

――直子は桐野さんと同じ年という設定です。なぜ、自分の分身のような主人公を書いてみようと思ったんですか。

 最初は吉祥寺の風俗を書くつもりだったんです。風俗小説で通俗小説。吉祥寺を舞台にした青春物語ですね。だけど、当時を思い出して書いていくと、あのころの違和感みたいなものがあふれ出てきて、止まらなくなってしまいました。自分で読んでも、すごく痛い。確かに、これまでもこういう小説は書いたことがないですね。

――街の風景など、そのころの記憶はすぐ蘇りましたか。

 遊んでいたころのことは、鮮烈に覚えています。どこにどんな店があって、どんな光景だったかも。私、中学の時から吉祥寺に住んでいますし。街の変化をよく見てきていますから、変わったところも変わらないところも。

 小説の直子はあちこち歩き回ります。あのころは本当にみんなよく歩きました。飲んで電車がなくなると、当然のように歩いて帰りましたし、夜っぴて井の頭公園で遊んでいたりしました。

 吉祥寺って狭い街なんですよ。繁華街も限られた狭い範囲で。ジャズ喫茶があって、歓楽街があって、井の頭公園もあって。程よい大きさの中にいろんな要素がある小宇宙なので、この手の青春小説は書きやすくはあります。まだ携帯電話もない時代ですが、どこかにいれば、必ず仲間と会える。

――直子が、まだ明るいうちに歓楽街を歩いていて酔客にからまれる場面があります。

 若い女や子供が行っちゃいけない場所、みたいな暗黙の了解があって、そこにずかずか入っていくと、ああいう目に遭うことは実際にありました。男子学生と一緒に飲んでいると、年のいった水商売のお姐さんみたいな人に、露骨に嫌な顔をされたこともあります。おまえは来るな、と。

 小説では「CHET」として出てくる、歓楽街のほうにあったジャズ喫茶でバイトしてたことがあって、「あんなところでバイトしてんの」と、友達の母親に驚かれたこともあります。結界を越えていたんですね。

――直子や友人の泉のように、桐野さんもジャズ喫茶で働いていたんですね。小説に出てくるのは全部実在した店ですか。

 はい。作品では「CHET」と「COOL」として書いている店が二大勢力でした。泉のように、あちらのバイトを辞めて、こちらで働くなんてありえない、こんな裏切りはない、って感じでしたね。狭い世界だから。それぞれのマスターが早稲田と慶応出身で、早慶戦じゃないけど、そういう変な対抗意識もあったみたいです。こういう話って、すぐプロレスみたいに伝説を作ろうとしますね(笑)。

――一緒に麻雀をして遊びながら、性的に対等であろうとする直子を男友達が陰で「公衆便所」と呼んでいたことに彼女が深く傷つく場面があります。

 連載を読んだ人から、「こんなに失礼なことを本当に言ってたの? 信じられない」と言われました。いまなら完全なセクハラです。でも、当時はセクハラ、パワハラ、モラハラ、オンパレードでした。そういう言葉自体がない。

 この間、朝日新聞に上野千鶴子さんの半生の聞き書きが載っていて、その中に、全共闘の学生が、性的に自由な女子学生のことを「公衆便所」と呼び、のちにそれが軍隊が慰安婦を呼ぶ隠語だと知ってショックだった、とありました。「蔑み」の風潮は、いまも連綿と続いています。結局、男自身を貶める言葉でしかないと思いますが。

――小説に出てきますが、「中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)」というのもこの年に始まっているんですね。

 そうなんですよ。これは私も資料で確認しました。この後、「中ピ連」は、愛人を作って奥さんを捨てた一流会社勤めの男のところに抗議に行ったりして、週刊誌の格好のネタになります。でも、当時は優生保護法の改正案が出てきた時ですから、女たちが結構、戦ったのですね。

――女性解放運動に関心を持ちつつ、直子は入っていけません。ご自身もフェミニストにいやみを言われた経験が?

 おおいにありますよ。「赤い口紅付けてミニスカートはいて、ちゃらちゃらしてる」って言われました。私は大衆消費社会のまっただ中にいましたから(笑)。

――直子が母親にもらったオパールの指輪をはめて、「人に言われて指輪を外すようなことになったら、自分はおしまいだ」と思う場面も印象的です。

 たまたま、別の小説(月刊文藝春秋連載の「夜の谷を行く」)のために連合赤軍の取材をしているのですが、リンチ死した遠山美枝子は、指輪をはめていたり、髪を梳かしていたことを理由に総括されるんですね。当時は、そういうことをプチブル的だと批判する風潮もあったのです。そんなつまらないことで人を殺すところまでいくのですから、恐ろしいです。

――『抱く女』といい、文春の連載といい、桐野さんの中に、もう一度、この時代と本格的に取り組んでみようという気持ちがあるんですね。

 自分自身を「総括」しているのかもしれません(笑)。たぶんそれは、この時代がいまの時代とどこかでリンクしているように思えるからでしょうね。もう少し遠くの場所まで行けそうな気がしていたのに、気がつけば、ぐるりと巡って同じところにいる。そんな落胆が自分の中にあって、その気持ちは『抱く女』の中にも色濃く出ています。

――ふりかえって、どういう時代でしたか?

 嫌な時代だったと思うけど、すごく自由でもありました。みんな捨て身だったし、空気を読んだりしない。むしろ、空気を読むことは狡賢いことだった。だからこそ、あんなに傷つけあったんだと思います。

――直子には、桐野作品に登場する女性たちの原型を見る思いがしました。ひとりでもがく直子と、友だちの泉との関係はとても魅力的ですね。

 直子だけじゃなく、泉も私です。当時の私より、少しだけ年をとった私。小説の泉は一浪していて一つ年上という設定ですが、渦中にいる直子よりずっと大人で、過去の自分を省みている感じでしょうか。

――なるほど。どこにも属さない若い女性の心情を、『抱く女』はリアルに伝えています。歴史記述の中では、取りこぼされていくような思いを。

 当たり前のことですが、あのころの若い人がすべて連合赤軍や内ゲバに向かったわけではありません。「ノンポリ」と言われた人たちの中にも、ものすごく傷ついた人はたくさんいると思います。学校を辞めたり、大学に進学しなかったり、人生を変えた人って多いですよ。東大全共闘の人たちが大企業に入って偉くなっていくのと対照的にね(笑)。私はそういう不器用な人の方が信じられますね。

――ある特定の時代を描きながら、若い人なら必ず感じる生きづらさを描いたとも言えますね。

 たしかに、若い人の息苦しさは普遍的なものだと思います。若さが、時代と合致するわけがない。とくに私がすごく感じていた女としての生きづらさは、いまもあまり変わってないんじゃないかな。あのころは、大学を出ても就職先がろくになくて、結婚するしかなかったけど、いまの若い女性も、大半は非正規労働にしか就けていないですね。私たちにはろくな道はなかったけれども、それでも自分で開こうという気概が持てた気がします。高度経済成長の、右肩上がりの時代だったからでしょうね。

 いま、若い人を見ていると、あまり戦おうとしない気がします。最初から諦めている。「桐野さん、代わりに言ってください」なんて頼まれたりする(笑)。SNSでこっそり文句を言ったりしないで、堂々と言って戦ったほうがいいと思います。この本は、若い人にぜひ読んでもらいたいです。

新潮社 波
2015年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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