長崎尚志・インタビュー ギリギリ愛せる(!?)名探偵 『黄泉眠る森 醍醐真司の博覧推理ファイル』刊行記念

インタビュー

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黄泉眠る森

『黄泉眠る森』

著者
長崎, 尚志
出版社
新潮社
ISBN
9784103321729
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『黄泉眠る森 醍醐真司の博覧推理ファイル』刊行記念特集インタビュー 長崎尚志/ギリギリ愛せる(!?)名探偵

――前作『闇の伴走者』は長編ミステリでしたが、今作は短編連作という形をとっています。構想はどこから?

 編集の方から、次は短編でお願いします、というリクエストをいただいたんですが、そのときにただの短編よりも、全体を通して一つのお話にもなるようにしたいと考えたのがきっかけです。難しい挑戦でしたが、その分、前作以上に面白く読んでいただける作品になったと自負しています。

――シリーズの主人公である醍醐は、博覧強記のマンガ編集者。アクは強いですが、魅力的なキャラクターですよね。

 側にいたら迷惑そうだけど、ギリギリ愛せる、というぐらいの主人公がキャラクターとしては強いと思うんです。寅さんしかり、釣りバカ日誌のハマちゃんしかり。実際に彼らと接するのはたぶん大変だと思うんですが(笑)、キャラクターとしては素晴らしい。だから醍醐も「ギリギリ不快じゃない」人物を目指しました。4月からWOWOWのドラマで醍醐を演じてくださる古田新太さんは「強烈だけど可愛げがある」キャラクターを演じられる方で、まさに適役。作中作の漫画も含め、原作に忠実につくってくださっているので、観るのが楽しみです(『闇の伴走者』4月11日?毎週土曜、全5回放映)。

――第二話では彼が邪馬台国について自説を展開します。

 尊敬する半村良さんの影響もあって、古代史ネタはもともと好きなんです。邪馬台国にも昔から興味があったんですが、古文書を読むハードルが高くてずっと避けてきた。ただ近年は口語訳も充実して、漢文を読みこなせなくてもなんとかなることがわかったので、やはり日本人なら一度は調べてみようと。ご存知のとおり比定地は様々な説があるので、邪馬台国ファンの方には自説と違ってもご容赦願いたいです(笑)。

――他にも、「女帝」と呼ばれる漫画家・朝倉ハルナや、プチ醍醐のような少年・安蘭など、強い印象を残す人物が多数登場します。それも連作ならではですね。

 安蘭は、醍醐に対抗できるヤツが出てきたら面白いなと思って書きました。彼が出てくる第三話は、自分でもとても気に入っています。どのキャラクターも特定の人物をモデルにしているわけではなく、自分の中にあるものや、自分が他者に見ているものを増幅させてつくりだしている感じです。よく私自身が醍醐のように知識豊富だと勘違いされるのですが、私は「問い」を思いつくだけです。でも、「問い」を立てられる人だけが「答え」をもてる。今はパソコンで知識が検索できる時代なので、より簡単に「答え」に辿り着けますよね。

――マンガ創作の裏側についての描写もさすがリアルでした。

 最近はリアリティのある作品も出てきましたが、ドラマなどで描かれるマンガの世界は、まだまだ誤解も多いように感じます。昔、武豊さんが、競馬の騎手はいかに不幸かという話の中で「勝つと馬のおかげ、負けると騎手のせい」と嘆いておられましたが、マンガ編集者もそれに近い。作品がヒットすると漫画家がすごいと言われ、失敗すると編集者に無理矢理描かされたということになる。でも、マンガ家ってそんなに気の弱い人たちじゃないですよ。編集の言うとおりになんてまず描いてくれない(笑)。もちろんこの作品に出てくるような関係がすべてとは言いませんが、こういう部分もあるんだと思って読んでいただけたら。

――マンガと小説、創作にあたっての違いはありますか。

 マンガは連載中の評価が重要で、連載が終わってしまうとあまり評価の対象にはならなくなりますし、商業的にも伸びなくなります。つまり読者は、今後の展開の面白さに投資をしてくれている。それに対して小説は、できあがったものが面白いかどうかにかかっていますよね。そこが大きく違います。創作途中の孤独度は、小説のほうが圧倒的に高いです。

 また、マンガの場合、スジを優先するとキャラが薄くなり、キャラを優先するとスジが薄くなる、ということが起こりがちです。でも、小説ならどちらも成り立たせることができる。それが書いていて楽しいですね。もともと小説のほうが好きで、私のつくるマンガは、ほとんど小説からの発想なんです。中でもミステリーというジャンルは、ただの犯罪小説ではなく、人間の善の部分にも悪の部分にも光をあてることのできる、読みやすいけれど非常に奥の深いものだと思っています。それが作品を通じて読者の方に伝わっていれば嬉しいです。

新潮社 波
2015年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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