出島の千の秋 [著]デイヴィッド・ミッチェル[訳]土屋政雄

レビュー

0
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

出島の千の秋 上

『出島の千の秋 上』

著者
デイヴィッド・ミッチェル [著]/土屋 政雄 [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784309206882
発売日
2015/10/27
価格
3,456円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

出島の千の秋 下

『出島の千の秋 下』

著者
デイヴィッド・ミッチェル [著]/土屋 政雄 [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784309206899
発売日
2015/10/27
価格
3,564円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

出島の千の秋 [著]デイヴィッド・ミッチェル[訳]土屋政雄

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

 日本を舞台にした世界的ヒット作、話題作には、戦後の京都芸者の世界を描いた『さゆり』、原爆投下を題材にした『ヒロシマ・モナムール』など多数ある。一方、日本モノは日本の読者にはやや抵抗感が生じやすいようだ。もとの日本語の言い回しや名称が頭にちらつき、日本でもどこでもないエキゾチックな世界を眺めているようで、落ち着かなくなるからではないか。しかし本作はそうした虚構の重ね塗り感がむしろうまく活きている。翻訳者の力によるところも大きいだろう。

 舞台は長崎の出島。一七九九年からの二十年ほどを描くが、物語軸のひとつは、異文化間の恋愛や友愛にある。主人公でオランダ商館の書記デズートは、故国にフィアンセを残す身ながら、顔に傷跡をもつ若く美しい産婆・藍場川織斗(あいばがわおりと)と恋に落ちる――「蝶々夫人」やそれに先立つ「お菊さん」から連綿と続くモチーフだ。しかし織斗は高名な医者マリヌスの元で医学を学ぶエリート学生であり、ただ待つだけの弱い存在ではない。また、織斗に恋心を抱きながらデズートの力になる通詞の緒川宇左衛門が、異文化間の橋渡しの象徴的存在として、非常に味わい深い存在となっている。

 二番目の物語軸は、いわゆるカルト教団ものとヒロイン救出譚。女たちを拉致して薬漬けにし孕(はら)ませる邪教の不知火(しらぬい)寺に織斗も幽閉される。三つ目の軸は、オランダの没落とオランダ東インド会社の消滅、イギリスとの覇権争いといった政治テーマに読み応えがある。

 前作『クラウド・アトラス』のような語りの仕掛けはなく、真摯なリサーチに基づくストレートな歴史小説として勝負している。マリヌス医師が当時は未発表のはずのロマン派の詩を引用したり、二十世紀の小説の内容に言及があったり、アナクロニズムも指摘され得るが、これは確信犯的な遊びだろう。そんな所も好感度大の大型ページターナーだ。

新潮社 週刊新潮
2015年12月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加