【教養人のための『未読の名作』一読ガイド】露伴翁座談 [編]塩谷賛

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【教養人のための『未読の名作』一読ガイド】露伴翁座談 [編]塩谷賛

[レビュアー] 渡部昇一(上智大学名誉教授)

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『露伴翁座談』塩谷賛・編 角川文庫

 露伴がなくなった時、私は中学五年生であった。漢文が専門の校長先生が全校生徒を集めてその逝去をいたみ、「小泉信三先生も露伴の頭脳は百年に一人出るだけだとおっしゃっている」と話してくれた。しかし私自身をふくめて私の周囲にも露伴の読者はいなかった。戦時中の教科書には彼の『長語』からの一部が引用されていた。「……桃李そも々何を言ひて自ら蹊を成せるや。宗廟そも々何を語つて人敢て涜さざるや」などとあってもピンとこなかった。喋りたい中学生にあまり喋るなという教えであった。

 露伴の漢字語彙の豊かすぎることもあって本当に読み出したのは大学院に入り、神藤克彦教授が露伴を尊敬し愛読しておられるのを知ったからである。しかし今の人たちに露伴をすすめるのは、すすめている人間の衒学癖を示すような感じがなくもない。

 幸いに露伴の偉大さ、面白さに近づくための実によい道があるのだ。それは彼の座談である。座談だから難しいところはない。彼には座談の本も多くあるが、塩谷氏のものが一番気楽に読めて面白い。

 たとえば「幸田露伴氏に物を訊く座談会」(昭和七年)には、小島政二郎や菊池寛などが出ている。幕末から明治にかけての本屋の話だとか、同時代人について話がある。森鴎外については「西国の方の臭ひがある人だから」「どうも話しにくい」ところがあったとか、鴎外と斎藤緑雨とは、「会談してゐながらいつまでたつても両方で口をきかずにむつりとしてゐた」とか。

 また「幸田露伴先生を囲んで」(昭和十年)には、徳田秋聲、和辻哲郎、辰野隆、谷崎潤一郎などが出席している。また辰野隆との対談(昭和十四年)や齋藤茂吉との対談(昭和十四年)もある。辰野や谷崎や茂吉が面白がりまた敬意を払いながら露伴に聞きたいことを聞いているのだ。こういう博大な知識の人の雑談を本当に面白いと思った人は、更に進んで露伴の随筆なり小説なりを読んだらよいと思う。露伴の片言隻句の背後にある学識を感じることがまず第一だ。その学識の深さと博さを感じることができたら、その著書を読みたくなるであろう。

新潮社 週刊新潮
2015年12月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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