二重生活 [著]小池真理子
[レビュアー] 若林踏(書評家)
尾行には文学的・哲学的意義が潜んでいる。憧れる教授の言葉に触発されて、大学院生の珠(たま)は近所に住む石坂という男性を尾行し始める。近所でも評判の夫婦仲で知られる石坂だったが、珠は尾行の結果、彼が「ある秘密」を抱えていることを知る。やがてその秘密は、珠自身の私生活と精神に大きな影響を及ぼしてしまう。
他人の秘密を覗くという行為が持つ、背徳的な悦び。その感覚にとらわれ、振り回される人間の内面をサスペンスフルに描き出す。大した事件は起きないにもかかわらず、神経がひりつく様な心理描写と、ほのかに香気を放つ文章に思わず引き込まれる。読めばあなたの隠れた欲望も疼くかも。