【自著を語る】佐々木譲「まず地図があった。」

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砂の街路図

『砂の街路図』

著者
佐々木 譲 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784093864121
発売日
2015/07/29
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【自著を語る】佐々木譲「まず地図があった。」

[レビュアー] 佐々木譲(作家)

 『砂の街路図』という新刊が出ます。

 タイトルそのまま、「街路図」が主題のような小説です。

 ジャンルとしては、ミステリーに分類される作品かもしれません。殺人事件は起こらないけれど、謎があり、その謎を解こうとする探偵役がいます。舞台は、北海道の架空の小都市。かつては水運で栄えたけれどもいまは衰退し、そのために古い町並みが残った、という街。本の表紙裏見返しには、この街の街路図が印刷されます。

 じつを言うと、文字を覚え、本を読むようになったころから、地図が好きでした。図版として物語の舞台となった場所の地図があると、それだけでわくわくしたものです。とくに南洋もの冒険小説の島の地図なんて、どれだけ子供の想像力を刺激してくれたことか。しまいには自分でもそんな島の地図を作ったりもしました。

 でも少し大人になると、さすがに南洋の無人島の物語だけではつまらなくなる。歴史のある土地の物語が好きになります。さらに、歴史を背景にした小説や、歴史的事件そのものについてのノンフィクションも読むようになりました。こうしたジャンルを読むときにも、その本に地図の図版があるとうれしくなるのは同じ。地図が添えられていない場合は、その土地の地図を手元に持ってきて、ストーリーやシーンを地図に重ね合わせて読み進めます。だから古い地図、とくに都市図を、けっこう手元に集めてきました。

 またわたしの場合、テーマやプロットを練るごく初期の段階で、それを言語化するよりもまず舞台となる地図を描いてみるということをよくやります。地図を描いているうちに、しばしば細かなシーンやエピソードが立ち現れてくるからです。たとえば北海道の田舎町や、アメリカやフィリピンの架空の街を舞台に書いたときも、書き出す前にまず地図を作っていたのです。図版として挿入はしなかったけれど、執筆中はその地図を目の前の壁に貼っていたのでした。

 こうした架空の地図を作るということは、舞台の基本構造を設定し、地名や施設名を書き入れてゆくということでもあります。そうして、当たり前のことをあえて書けば、地名とはじつは物語です。地名をつけること、地名を決めることは、そこに物語を付与することと同じことです。

『砂の街路図』も、地図の細部を描き、地名を構想することで、エピソードひとつひとつの「降臨」を促した作品です。テーマと愛すべき小都市の大まかな街路図がまずあって、その街の要所要所の地名を考えていくと、それは同時にエピソードが出来てくる過程でもあった、という順序です。

 この『砂の街路図』の都市図を作っているとき、地名のつけ方にはひとつ条件をつけました。できるだけ「行政臭」「商業臭」を排除すること、「普通名詞」ふうの語感のものにする、ということです。舞台の抽象性を高めたい、という理由からでした。そもそもこの街には固有名詞がないのです。というか、通称としての「郡府」という呼び方はありますが、固有名詞は記述されません。

 わたしはあるシリーズで、北海道・志茂別という架空の小さな街を舞台に書いていますが、ここには固有名詞をつけることで、あそこやあそこの街のことではない、と読者による「モデルとなった街探し」の手間を省いたのでした。『砂の街路図』では舞台に固有名詞をつけなかったことで逆に、あそこでもあり、あそこでもある、という街の物語としたかったのです。

 というわけで『砂の街路図』、ぜひひんぱんに見返しの地図を確認しながら、読み進めていただきたいと希望しています。

小学館 本の窓
2015年9,10月合併号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

小学館

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