人が人として尊重される介護とは

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介護民俗学へようこそ!

『介護民俗学へようこそ!』

著者
六車 由実 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103395119
発売日
2015/08/27
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

人が人として尊重される介護とは

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 著者の『驚きの介護民俗学』にはほんとうにびっくりした。民俗学の研究者から老人介護の世界に転身、介護の世界に「聞き書き」の手法を取り入れるようすを描くもので、施設にいるお年寄り一人ひとりの内側に広がる、豊かな世界に驚いた。民俗学というのはどこかの山奥に調査に入るもの、という先入観があったため、世界の内側と外側がくるりと反転したかのように感じられ、とっさに赤瀬川原平の前衛作品「宇宙の缶詰」を思い浮かべたほどだ。

 この本で、著者はさらなる転身を遂げ、「すまいるほーむ」という小規模なお年寄りのデイサービス施設で働いている。前著を読んで共感したという「すまいるほーむ」の経営者に、管理者兼生活相談員として招かれたのだ。

 著者はこの新しい場所でも積極的に「聞き書き」を続けている。それだけでなく、いなり寿司やハンバーグなど利用者それぞれの思い出の味の再現も試みる。どちらも、世話をする人とされる人の関係を固定化せず、お年寄りがものを教える立場になることを意図しており、それを見ていたスタッフが、「人生すごろく」という新しい取り組みを独自に考案したりもする。

 さらりと書かれているが、前著に関しては共感も多い一方で、現場からの批判も少なくなかったようだ。施設の利用者を「利用している」という非難らしいが、そういった倫理的抵抗以上に、異分野から参入した著者が、いまの介護の現場で不可能とされていることに、「聞き書き」を手掛かりとして踏み入ろうとすることへの抵抗もあるのだろう。

 それだけに、この本に収録されている、「すまいるほーむ」社長の村松氏へのインタビューがひときわ興味深い。老人病院の事務職をへてケアマネージャーをしていた村松氏は、初めて会ったときの印象を本人に聞かれて、「どこかとりつく島のない人って感じだった。硬質な感じっていうのかな」と答える。

「そんな人に何でたのんだのか」と横から聞きたくなるような答えだが、「やっていけるとかやっていけないという関係性についての値踏みじゃなくて(略)こんな考え方を持っている人にすまいるほーむで実践してもらえたら、何か全く違ったものが展開されるんじゃないか」と思った、と言うのである。

 何かを変えたい人は、こういう風にものを考えるのか、と感じ入った。食事を楽しく味わうこと。悲しみを悲しむこと。自分で選択すること。人生の坂を下ろうとするときに、あたりまえのことをあたりまえとして取り戻したい。決して容易ではない理想をめざす人が、一冊の本を介して自分にない何かを持つ仲間に巡り合ったことにも深い感銘を受けた。

新潮社 新潮45
2015年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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