『冒険歌手 珍・世界最悪の旅』
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冒険歌手 珍・世界最悪の旅 [著]峠恵子
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
きっかけはいわゆる「自分探し」だ。憧れの芸能界で歌手として活躍でき、名前の通り恵まれた人生を送ってきたことに、ある日恐怖が生まれた。自分の弱点は苦労を知らないこと。このままでいいわけがない……。
そんな焦りを抱えていた峠恵子がたまたま見つけたのが「日本ニューギニア探検隊 2001」の募集だった。ヨットでニューギニアを目指し、ゴムボートで大河を遡上したのち、オセアニア最高峰に登るという。チャンスだ!とばかりに入隊し、半年後にはチャウ丸というヨットで出航となる。展開が早い。
メンバーは隊長と元自衛隊のコーちゃん、大学生のユースケ、そして恵子。だが出航早々、大時化のためエンジンが壊れ、海上保安庁に救出される。船酔いに負けコーちゃんは早くも脱落する。
45日後、辿りついたニューギニア西部はインドネシアからの独立闘争中。ゲリラに誘拐されるからと入山許可がおりない。結局当初の目的は果たせず、オセアニア第2の山、トリコラの北壁登攀に世界で初めて成功する。3人の協力する姿はときに美しいものの、恵子は隊長に怒鳴られてばかりで、単なる飯炊き女呼ばわりだ。しかしめげない。胆が据わっている。
そのうち隊長は絶滅したとされるフクロオオカミの探索に熱中し、呆れ果てたユースケは帰国してしまう。彼は後に作家として成功するのだ。
万策尽きて帰国を決意した隊長は、たったふたりでヨットを走らせ35日後に油壺に到着する。約1年の冒険は恵子に何を与えたのか。
冒険には、生きるためのものと好奇心を満足させるものの2種類がある。峠恵子の冒険はまさに後者そのものだ。無謀なことは褒められるものではないが生きる執着はすごい。よく戻ってきたとほっとしたのも束の間、その後の経験はさらに波乱万丈である。それまでの冒険なんて可愛いものに思えるほど。だがこういう人生もちょっと羨ましいと思ってしまった。