[本の森 仕事・人生]『この世にたやすい仕事はない』津村記久子/『だれもが知ってる小さな国』有川浩
レビュー
『この世にたやすい仕事はない』津村記久子/『だれもが知ってる小さな国』有川浩
[レビュアー] 吉田大助(ライター)
「そもそも働くことって何?」というテーマをど真ん中に据えたお仕事小説を書き継いできた津村記久子が、決定版と言える作品を発表した。タイトルからして、決定的だ。『この世にたやすい仕事はない』(日本経済新聞出版社)。とはいえ実は……筒井康隆・三崎亜記ラインを継いだ、“ヘンなお仕事モノ”でもある。
長く勤めた前の仕事を愛してはいたが、心が砕けて退社したヒロインの「私」は、ハローワークの相談員に無茶ぶりめいたお願いごとをする。「一日スキンケア用品のコラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?」。紹介されたのは、在宅で仕事をしている一人暮らしの小説家を、モニターで座りっぱなしで監視する「みはりのしごと」だった。その後も「バスのアナウンスのしごと」「路地を訪ねるしごと」「大きな森の小屋での簡単なしごと」など、短期間で次々と仕事先を変える。それぞれの仕事風景は、ありそうでなさそうで、なさそうでありそう……のギリギリのラインを突いてくる感じが面白い。
ピカイチで楽しめるのは、「おかきの袋のしごと」だ。老舗米菓会社の社長いわく、「おかきを食べる時は楽しくないといけないと思うんですよ」。袋の裏に楽しい文章を書く仕事を引き継ぐことに。やりたいことではなくても、やってみたらやり甲斐が生まれる。その職場ならではの独自のルールを楽しみ、発明心が生まれプライドも生まれ……憎しみも生まれる。仕事を愛するからこそ、自分はなんてふがいないんだと、無力感が生まれる。そこでどう踏ん張れるか。読めば自分も踏ん張りたい、と思わせてくれる魔法がかかる。
佐藤さとるの和製ファンタジー〈コロボックル物語〉シリーズを、有川浩が受け継いだ。一九五九年刊の佐藤版第一作『だれも知らない小さな国』を本歌取りしたタイトルは、『だれもが知ってる小さな国』(講談社)。現代の北海道を舞台に、少年とコロボックルの特別な出会いの物語が、長い時間を積み重ねながら語られていく。
有川浩と言えば、お仕事小説の雄でもある。働くことと生きること、恋することとの間にある秘密の関係性を、見事に描き出してきた作家だ。本作でフォーカスを当てているお仕事は、みつばちを飼ってはちみつを採る「はち屋」。その仕事に従事する両親の元に生まれた少年は、花の季節を追いかけながら一年に五回、全国各地を移動する。そんな少年が恋する相手は誰か? 同じ「はち屋」の女の子だ。年に一度、シナノキのみつを集める夏の間だけ、ふたりは北海道で会うことができる……なんてロマンチックな設定だろう!
ふたりの恋に、コロボックルはどう絡んでくるのか? 〈コロボックル物語〉の精神を継いだシリーズ最新作は、特別な仕事をモチーフにした、最高の「職場恋愛小説」でもありました。